日常の地続きに現れる異世界――もしも自分ならどうする?
文字数 2,403文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
荻原浩『ワンダーランド急行』
■POINT
・急行列車が異世界へといざなう
・もしかしたら異世界の人がそばにいるかも?
・元の世界へ戻るための方法を模索する
■急行列車が異世界へといざなう
「とにかく帰ろう。あるべき世界へ」
「住めば都」と言うけれど、どんなに嫌な場所だったとしても、突然違う場所へと強制的に連れ出されたら恋しくなってしまうのかもしれない。
日本経済新聞にて連載されていた萩原浩の『ワンダーランド急行』。
主人公の野崎修作は広告代理店勤務。朝から行われる会議が憂鬱で、思いつきでいつも乗る電車とは逆の、下り電車に乗り込む。少し座席に座っているだけ……のつもりだったが、そのうち電車は発車してしまう。
乗っていた電車は急行。すぐには引き返せないし、どうせ遅刻する。ろくでもない毎日から脱出しようと、会社をサボることを決めてその列車の終点へと到着。駅前にあった商店でハムカツサンドとビールを買い、スーツのままで山に登る。
ちょっとした非日常を過ごしただけのつもりだった。しかし、山から下りて「日常」に戻ってきたはずなのに、ほんの少しずつ何かが違う。いつもの店がない。妻の様子が違う。野崎はいつの間にか、自分がいた世界とは違う場所に迷いこんでいた。
■もしかしたら異世界の人がそばにいるかも?
電車に乗っていつのまにか異世界にたどり着いてしまう、というシチュエーションは物語の中では少なくはない。ある決まった時間の電車に乗り込むと異世界にたどり着いてしまうという都市伝説もある。
だからこそ、迷い込んだ先がどんな世界なのか、というのが物語のおもしろみのひとつになってくる。野崎が迷い込んだ世界は、もとの世界とよく似ていたが、あったはずのものがない。スカイツリーはなくなっており、有名なのは埼玉タワー。スーパーには牛肉がなくなっていて、ラム肉や馬肉が並んでいる。名前からは想像がつかない料理。
野崎は何が存在するのかを探りながら生活していたが、やはり元の世界とは常識が全く異なっており、周りからは訝し気な視線を向けられてしまう。
ただ、いいこともある。迷い込んだ先の野崎は会社ではエース扱いだった。自分が提案した企画を絶賛され、もう少しこの世界にいてもいいかもしれない、という気持ちも芽生える。
住めば都、は迷い込んだ先でも言えるのかもしれない。いや、「郷に入れば郷に従え」か。もしかすると、この世界には異世界から迷い込んできて、居心地がいいからとそのまま居座っている人だっているのかもしれない……なんて考えるとちょっぴり愉快だ。
■元の世界へ戻るための方法を模索する
野崎は迷い込んだ先に惹かれつつも、元の世界に戻りたいと考える。愛する妻がいるし、やはり自分がいるべき世界はここではない、と。野崎は元の世界が恋しいと感じるタイプだった。
いつもと違う行動を起こしたせいで、異世界に迷い込んだ。それならもう一度同じルートを辿ってみればいい。いつもと逆方向の電車に乗り、駅前の商店で食料を手に入れて……。しかし、たどり着いたのはまた違う世界。次に紛れ込む世界が前回の世界よりも良い世界とは限らない。複数の世界線が存在するとなると、一歩を踏み出すことに勇気が必要になってくるものだが、野崎はめげることなく果敢に挑んでいく。
異世界での日常を過ごすどこかほのぼのとした空気から一転、終盤にかけては「謎解き」の要素も強まり、スピード感が増す。
どこで異世界への「ドア」を開けてしまったのか。きっかけになった場所はどこなのか。果たして、野崎は元の世界に帰ることができるのか。
野崎がたどり着く先、そして意外な結末にも注目だ。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
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