全てを分かり合うことはできない。家族も、夫婦も違う体を生きている。
文字数 4,969文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
彩瀬まる『かんむり』
■POINT
・一組の夫婦の出会いから晩年を描く
・克明に記される夫の身体のこと
・夫婦、家族とは言っても他人である
■一組の夫婦の出会いから晩年を描く
「みんな、違う体を生きている」
当たり前のことなのに、当たり前に受け止められない。私とあなたの身体は違う、とみんな知っているはずなのに、同じ体になりたがろうとする世界はひどく滑稽なのかもしれない。
綾瀬まるの4年ぶりの書き下ろし長編となる『かんむり』。
中学の元同級生である虎治と光。中学生のときに彼氏と彼女となり、一度は別れたが、大人になってから再会し、結婚をした。息子の新が生まれ、平和な家族での生活。
意見が衝突することもあるが、虎治と光はうまくやっていた。でも、光はときどき虎治に違和感を抱く。決定的に考え方が違うような気もする、と思いながら生活を共にする。
■克明に記される夫の身体のこと
中学生から70代までの虎治と光が描かれており、それぞれ少しずつステージが変化していく。学生から社会人へ。若者から中年へ。父と母にもなる。
そんな中で、光は虎治の体型を細かく捉えている。当たり前だが、中学生のときから大学生、20代、30代……と体型は変化していく。変化していく夫の体型を光はちゃんと見ておきたいと思っている
例えば、自分に置き換えてみたらどうだろう。付き合って1~2年の恋人がいたとする。相手が女性であれ、男性であれ、今の体型を覚えておきたいというふうに思うだろうか。
配偶者がいたとして、夫の、妻の今の身体をしっかりと覚えておきたいと思う人がどれだけいるだろう。「愛」という言葉を口にはしないけれど、光は虎治を愛していることがひしひしと伝わってくるし、虎治の魂が入っているその入れ物も愛している。
ひとりにひとつの肉体。男女で差があるし、隣の人と自分は違う肉体を持っている。光が虎治の肉体を丁寧に見つめていくことで、人間が持っている肉体の違い、そしてその違いを埋めようとすることへの違和感を訴えてくる。
■夫婦、家族とは言っても他人である
虎治と光はとても仲が良い夫婦に見えた。きちんと会話をしようとしているし、浮気や不倫をしているわけでもない。でも、全てをさらけ出しているわけでもない。光も虎治も互いに言えないようなことをしており、それを隠しとおす。
隠したいことは隠していてもいいとは個人的に思う。全てをさらけ出すのが家族の条件ではないのだから。
しかし、分かりあいたいとお互いに思っているにもかかわらず、ズレていくのは辛い。子育てを介して生まれる2人の価値観のズレ。離婚することはないが、その価値観のズレをすり合わせることはできなかった。どこかで、相手を理解しようとすることも、理解させようとすることも諦めてしまっている様子が見受けられる。ここに、対話の難しさを感じる。言葉を尽くしても伝わらない真意。そしてやがて互いに疲れてしまい、分かり合おうとすることをあきらめてしまう。
息子に対してもそうだ。成長し、自分なりの考えを持つようになった息子を、光、虎治は表層では理解していながらも、根底では互いの考え方が分からない。
光が深く虎治を愛していたからこそ、愛だけでは何も解決できないのだという事実は絶望に近いものがある。しかし、人間は本当の意味で分かりあえることはないのかもしれない。家族も別の肉体を持った生き物であることは間違いないのだから。
寂しさを感じさせつつも、誰とも分かり合えないのだと知るだけでも、もしかしたら世界は変わるのかもしれない。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)
・ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)
・大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)
・生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)
・筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)
・腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)
・人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)
・明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)
・自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)
・ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)
・あり得ない! 事件を一晩で解決する弁護士・剣持麗子、見参。(『剣持麗子のワンナイト推理』新川帆立)
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・骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)
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・思わず「オーレ!」と叫びたくなる! 新感覚の闘牛士×ミステリー(『情熱の砂を踏む女』下村敦史)
・孤独な青年が音楽教室を舞台に裏切りと奏でる喜びに揺れ動く(『ラブカは静かに弓を持つ』安壇美緒)
・少し苦いけれど、ハッピーになれる現代のおとぎ話(『マイクロスパイ・アンサンブル』伊坂幸太郎)
・愛と別れを経て人は強くなる。孤独と寂しさを乗り越える物語。(『夜に星を放つ』窪美澄)
・映画界を舞台に躍動する女性たち…挫折と希望のお仕事物語(『スタッフロール』深緑野分)
・宇佐美りんが描く、生々しい家族の慟哭(『くるまの娘』宇佐美りん)
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・こんな世界で暮らしたくない……でもやがて来るかもしれない世界に背筋が凍る(『信仰』村田沙耶香)
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・これが令和のミステリ作品。リアルな設定にゾッとする。(『#真相をお話しします』結城真一郎)
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