未解決事件を巡り奔走する警察、嗤う犯人……事件の悪夢は終わるのか
文字数 5,042文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
奥田英朗『リバー』
■POINT
・10年を経て再び起こった殺人事件
・それぞれの視点で事件を見つめる
・追う側の人間にも理由がある
■10年を経て再び起こった殺人事件
「おまえ、十年前の渡良瀬川連続殺人事件を知ってるか」
日本の警察は優秀だと国民は思っている。しかし、その中でも未解決事件はある。あってはならないが、冤罪も起こりえる。そのせいで警察を信用しないという人もいる。
2019年から2022年にかけて、「小説すばる」にて連載されていた奥田英朗の『リバー』。648ページにわたる群像劇×犯罪小説である。
群馬県桐生市と栃木県足利市を流れる渡良瀬川の河川敷で、女性の死体が見つかった。その手口は10年前の未解決連続殺人事件と似ており、住民を怯えさせる。時、事件を解決することができなかった警察には緊張感が走り、遺族は犯人逮捕に執念を燃やす。
10年を経て、ついに犯人を捕まえることはできるのか。
■それぞれの視点で事件を見つめる
物語は事件に関わるさまざまな人間の目線から描かれる。
容疑者と目された男・池田の取り調べを行った元刑事の滝本。
10年前の事件で殺された女性の父親・松岡。
中央新聞の記者で、事件を追う女性記者・千野。
群馬県太田市でスナック「リオ」の雇われママの明菜。
立場が違えどそれぞれが、誰が犯人なのかと探る。こいつが犯人に違いない、と思いつつも、迷いが生まれることもある。例えば、栃木県警は池田がやったと確信している。10年前の事件では証拠が不十分で起訴できなかったのだ。が、中にはそう思い込んで捜査をしていていいのかと半信半疑になっている者もいる。刑事としては、当然の心理だろう。
そんな中で、引きこもりだが夜になると自家用車で用もないのに町を走り回っているという平塚、死体が遺棄された場所で複数回その姿が目撃されている刈谷などが捜査線上に浮かびあがってくる。
娘を殺された松岡などは、犯人かもしれないという人物を見つけると凄まじい行動力を見せる。時には警察の邪魔になるほど。ただ、意外にも良い線を突くので素人と言えど侮れない。
事件を一番俯瞰しているのは女性記者の千野かもしれない。事件記者になりたいわけではなかった千野は、どこか冷めた目で事件を見ていたが、次第に仕事のおもしろさに気づき、記者としての成長も見られる。
それぞれの視点で語られるからこそ、物語に厚みが増し、読者はいち早く誰が犯人なのかを察することができる。そして、そこからどのようにして警察は犯人確保にたどり着くのかを追っていく。
600ページ越えなどなんのそのである。序盤からどんどんスピードを増していく物語に、ページを繰る手が止まらなくなる。
■追う側の人間にも理由がある
事件が起これば、警察は犯人逮捕のために動くし、報道関係者はいち早く真実を伝えるために動く。それが仕事だからだ。
だが、彼らも人間だ。犯人について調べていくうちに、何かしらの感情を抱くようになる。特に、10年前に事件を解決できなかったという過去を抱える者たちの執念はすさまじい。さらに、当時の先入観から、視野が狭くなっていく様子が描かれるのはなんとも人間らしい。
そんな警察を遥かに上回る執念を燃やすのが、娘を殺された松岡だ。カメラマンとして写真館を経営しているが、仕事はそっちのけ。犯人を捕まえるために生きているようなものだった。犯人が捕まらないと、娘が浮かばれない。松岡はそう信じ込んでいるが、読んでいる側としては彼のエゴという一面も感じずにはいられない。
事件解決までのストーリーだけではなく、事件を追う者たちがどのような想いを抱え、その想いがどのように変化していくのかが丁寧に描かれている。
一方で、容疑者となる男たちの本音を掴むのはなかなか難しい。その様子を見ていると、殺人犯とは改めて不気味なものなのだと実感する。無理やり動機を見つけて、そこに物語をつけようとしたところで、それは結局第三者のための「エンタメ」でしかないのだ。しかし、そんな第三者視点こそがこの物語のおもしろさだ。誰の視点で物語を見て、犯人とその動機を推察するか。それによって物語の味わい方は変わっていくはずだ。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)
・ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)
・大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)
・生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)
・筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)
・腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)
・人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)
・明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)
・自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)
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・骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)
・思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。(『オオルリ流星群』伊与原新)
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・リアルとフィクションが肉薄……緻密な取材が導き出す真実とは?(『朱色の化身』塩田武士)
・沖縄本土復帰直前に起こった100万ドル強奪事件! 琉球警察に未来が託される(『渚の螢火』坂上泉)
・舞台は公正取引委員会! ノンキャリ女性の奮闘劇(『競争の番人』新川帆立)
・思わず「オーレ!」と叫びたくなる! 新感覚の闘牛士×ミステリー(『情熱の砂を踏む女』下村敦史)
・孤独な青年が音楽教室を舞台に裏切りと奏でる喜びに揺れ動く(『ラブカは静かに弓を持つ』安壇美緒)
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