第64回/実家の遺産相続で、揉め事は起きる

文字数 2,392文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の旅がつづく。

前回自分が死んだ場合の遺産相続について考えてみたが、これは実質「無」について考察する哲学と同じである。

例え財や負債があったとしても、極論を申せばもう自分は死んでいるので、どうでも良いとも言える。

ただ死後も親族内で「あいつは本当に面倒をかけてばかりだ」という悪口のロングラン公演が行われるだけである。

 

現実的に考えれば、それよりも先に起こるのが親の遺産相続だろう。

 

遺産に関しては、残す方が死後遺族が揉めないように「遺書」をしたためておいた方が良い。

しかし遺産というのは、持ち主が自分の好きに処遇を決められるというものでもないらしい。

 

親族が全くいない天涯孤独なら別だが、親や配偶者、子供などの相続人がいた場合、残念ながら「推しVチューバーに全スパチャ」という遺書は通らない。

 

「遺留分」と呼ばれる「一定の相続人に対して、遺言によっても奪うことのできない遺産」があるため、どれだけ遺書に「あんな女にくれてやるぐらいなら全額恵まれない子のアナルを拭くのに使ってくれ」と書いたところで、配偶者には最低でも遺産の4分の1が残るらしい。

子どもに対しても子どもの人数によるが、少なくとも「0」ということはないようだ。

 

どれだけムカつく配偶者や子どもに対しても遺産が分配されてしまうというのは、故人にとっては遺憾かもしれないが、逆に全て故人の意志通りにできてしまうと「故人の純粋な嫌がらせにより遺された遺族が家や生活費を失う」という事態も発生してしまうため、このような法律になっているようだ。

 

もし遺族にケツ毛の1本も残したくないというのであれば、全ての財産を使い切る散華を行ってから死ぬしかない。

 

遺産を放棄するなら財産も負債も全て捨てなければいけなかったり、どうも遺産界というのはオールオアナッシングのアメリカンドリーム思想が強いような気がする。

 

もちろん遺書があったとしても、それで遺族の関係が悪くならないというわけではなく、むしろミステリ界では破天荒な遺書のせいで「殺人」など、普通では起きないレベルの揉め事が起こるケースの方が多い。

 

ちなみに、遺産を巡った殺人事件で有名な犬神家の一族では、遺留分を完全無視した遺書を残されており、その件について弁護士が言及しなかったせいで、起こらなくていい殺人が起こっているらしい。

プロとしてどうかと思うが、湖に逆さに突き刺さった面白い死体を前にしたら「法律」などという野暮は言えなくなってしまうものなのかもしれない。

 

今だったら素人でもググって、その遺書はおかしいとツッコめてしまうだろう、ミステリ作家にとっては相当やりづらい世の中である。

 

しかし現在、遺書を作成したり、死後法律に則って遺産相続をしている一般家庭というのはあまりないのではないだろうか。

 

10年以上前に、私の父方のババア殿が亡くなった。

すでに配偶者である祖父は亡くなっており、父は3人兄弟なので、遺書などがなければ、法律的に父にはババア殿の遺産を三分の一ゲットできる権利がある。

しかし、ずっとババア殿と同居し、介護してきた長女である伯母を前に、遠方に住み、介護などにはノータッチだった父がきっちり三分の一の遺産を所望できたとは考えづらい。

 

もし、そんなことをしていたら、今も叔母から笹団子が送られてくるなどということはないだろうし、それ食ったことにより新たな死体が生まれていないのもかなり不自然だ。

 

どうやら、相続人全員が合意すれば、遺産を一人に相続させたり、相続割合を変えることは可能のようである。

法律上の権利に則り均等に分けるというケースは稀で、大体は故人と同居や介護をしていた人間が大半を相続するケースも多いのかもしれない。

 

しかし、そんな実績を無視して「何もしてないけど権利としてもらえる物はもらいまっせ」という相続人が普通に現れるから揉めるのだろう。

「俺に対する貢献ポイントで相続割合を決めたい」と思うなら、やはり遺書は必要である。

 

逆に介護を引き受けるのであれば、親に「介護をした分、遺産は多く残す」と遺書を書いてもらえば良いのだが、逆に「まだ元気なのに遺書を書けと迫る、その神経が気に入らねえ」という理由で遺産が減らされる恐れもなくはない。

 

遺留分は補償されるとはいえ、結局遺産は情状を酌量しない法律と、残す人間のお気持ち次第になりがちなので、今後も相続の揉め事はなくならないだろう。

 

うちの実家の相続に関してだが、現在実家には母方のババアと娘である母、そして父、兄がいる。

母は一人っ子なのでババアの遺産は一子相伝となり揉める要素はない。実家の土地と家も多分ババアの物なので、母が相続するのではないかと思われる。

つまり揉める可能性があるとしたら、やはり父母が没した段階だろう。

 

別に揉める必要はなく、今後も実家で父母と同居する兄が、実家や財産の多くを管理していけば丸く収まると思う。

 

だが逆に私は「揉めさせようと思えば揉めさせられる権利」を持っている側なのだ。

両親が死んだ際、突然葬式に「何もしてないけど家も財産もキッチリ二等分させてもらいまひょか?」と白スーツで登場することができるのである。

 

もし、私が頭から湖に突っ込んでいる死体で発見されたなら、そういうことをやったと思ってほしい。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

Twitterはこちら:@rosia29

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