日常の崩壊

文字数 1,090文字

 実は、今も怖い……。
 あるとき、水道栓をひねるとなぜか水が出てこない。蛇口から「シュコーッ」と空気が抜ける音がし、そのうち完全に沈黙してしまう。こうして家の水が完全に止まる。
 水がなければ人は生きていけないという、当たり前のことに気づかされる。
 そんな日が今日明日にでもまたやってくるのではないか。
 都道府県の水道局から水を引いていればまず起きないトラブルだし、仮にそんなことがあれば、苦情をいい、修理に来てもらえばいいと思われるかもしれない。
 地下水脈に金属管を貫通させて汲み上げる井戸水は、さまざまな環境的影響を受ける。地震による地盤の変動。あるいは水企業の取水など。水質が変化したり、水位が低下したり、最悪の場合は枯渇もあり得る。
 そのときになって原因を探ろうとしても無意味だ。何しろ、地面の下のことは目に見えないから、そこで何が起こっているのか知りようがない。企業の大量揚水によって地下水脈に影響があったとしても、その因果関係を明らかにすることができないのである。
 都市水道にも、もちろん河川という水源が存在する。基本は井戸水と同じなのだ。
 水が有限な資源だという当たり前のことを、多くの日本人は忘れている。こんな小さな島国で、国土のおよそ六十七パーセントが森林。さらに三万以上の河川が存在する。これほど恵まれた国は世界的にも珍しい。そんな中、某国が我が国の水源を狙っているという噂が、今もまことしやかに流れている。だったら、どうして命の糧である水をもっと大事に扱わないのだろうか?
『サイレント・ブルー』は日常の崩壊がテーマである。
 目に見えないからといって、ゆめゆめそのことを忘れてはならない。



樋口明雄(ひぐち・あきお)
1960年山口県生まれ。2008年に上梓した『約束の地』(光文社刊)で、第27回日本冒険小説大賞、第12回大藪春彦賞をダブル受賞。’13年、『ミッドナイト・ラン!』(講談社文庫)で、第2回エキナカ書店大賞を受賞。
他の著書に『狼は瞑らない』『光の山脈』『武装酒場』『ドッグテールズ』『屋久島トワイライト』などがある。『天空の犬』に始まる〈南アルプス山岳救助隊K-9〉は代表的なシリーズとして続いている。また自身の移住体験を綴ったノンフィクション『田舎暮らし毒本』なども。南アルプス山麓に居を構え、執筆する日々を送っている。

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