『バイター』文庫化に寄せて

文字数 1,058文字

 私には「いずれ書いておくべきリスト」があり、そのトップにあるのは常にゾンビだった。誰もがそうであるように、私もゾンビの影響を強く受けて育った(え? 皆さんは違うんですか?)。
 しかしながら、実はゾンビはビジュアルがメインなので、小説としては書きにくい。重々承知していたが、何度企画書を書き、各出版社を廻ったことだろう。そして毎回NGが出る、この二十年はその繰り返しだった。
 ところが光文社という会社は度量が大きいのか、それとも好き者が揃っているのか、書け書けと言って下さった。ありがたい話で、この場を借りて感謝したい。
 拙作『バイター』で私がこだわったのは「ゾンビはのろのろ歩く」という点で、昨今は走るゾンビが主流だが、ロメロリスペクト世代の私としては、伝統に則りゾンビをゆっくり歩かせたかった。
 その方がしみじみと怖い、と還暦を過ぎた私は考えている。最近の私のテーマはしみじみもしくはのんびりで、なるほど加齢とはこのような形で現れるのか、と我が事ながら驚いている今日この頃だ。
 ともあれ、書きたいことを自由に書かせてもらった。この五年で『バイター』ぐらい勝手気ままに話を作ったことはなく、非常に楽しかった。自分の楽しさを優先するようになったら、作家は終わりだと思っているが、そろそろそういう時期が来たのだろう。
 そんなわけで、好きな人は好き、嫌いな人は手にも取らない小説になってしまったが、私としては全国の好き者に本作を捧げたいと思っている。よろしければぜひお読みください。



五十嵐貴久(いがらし・たかひさ)
1961年東京生まれ。成蹊大学卒。出版社勤務を経て2001年『リカ』で第2回ホラーサスペンス大賞を受賞してデビュー。’07年『シャーロック・ホームズと賢者の石』で第30回日本シャーロック・ホームズ大賞受賞。警察小説、時代小説、青春小説、家族小説など幅広い作風で映像化も多数。著書に「南青山骨董通り探偵社」シリーズ、『こちら弁天通りラッキーロード商店街』『SCS ストーカー犯罪対策室』『PIT 特殊心理捜査班・水無月玲』『奇跡をまく人』『天保十四年のキャリーオーバー』『スカーレット・レター』『リベンジ』『交渉人・遠野麻衣子 ゼロ』『命の砦』『鋼の絆』『サイレントクライシス』など多数。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み