理想の弓道ライフ

文字数 903文字

 弓道は「立禅」とも言う。集中し、ある意味無心になって的と向き合うことは自分を見つめ直すよい方法のように思える。意外と全身の筋肉を使うし、姿勢もよくなる。激しい運動ではないので運動不足のアラカン作家でも無理なくできる。週に一回か二回、一向にアイデアもキレのいい文章も出てこないときに、さっと道場に行って二十射ほどして帰る――そういうのって、なんか身体にも仕事にもよさそうじゃない?
 毎日のように妻から弓の話を聞かされるうち、弓道ネタで青春ミステリを書きたいという思いが強くなり、そのためにも聞きかじりの知識だけでなく、やはり多少の体感、肌感覚は持っておきたいと思って始めた弓道。最低初段を取っておくと、一人で道場にふらっと行って引くことも可能だというので、そこまでは割と頑張った。しかし初段を無事に取り、単行本も出てしまうと、元来の腰の重さがネックとなるようだ。寒いと行きたくないし、もちろん暑いのも勘弁だ。五十肩なのか六十肩なのか分からないが肩も痛い。そして間が空くとますます腰が重くなる。
 ダメだと分かってはいるけどそもそもいい加減な性格なので、袴や帯をきちっと着けられているのかどうかも自信がない。こんなことではいつまで経っても「立禅」なんて夢のまた夢、「気分転換」さえままならない。どっこいしょと重い腰をあげてたまに行っても、二十射なんてしたら翌日身体のあちこちが痛む始末(行かないとすぐに必要な筋肉が落ちてしまう)。
 それでもまだ、「理想の弓道ライフ」を諦めてはいないのです――いやほんと。



我孫子武丸(あびこ・たけまる)
1962年兵庫県生まれ。’89年、『8の殺人』で作家デビュー。以降、本格ミステリ、ユーモア小説など多彩な作品を発表。著書に『探偵映画』『殺戮にいたる病』。近著に『修羅の家』『残心 凛の弦音』などがある。また、『かまいたちの夜』などのゲームや、コミック原作も手がける。

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