激動の時代?

文字数 1,181文字

 世界は今、激動の時代を迎えているのだと最近よく耳にします。
 伝染病、戦争、自然災害、物価の高騰、貧困。
 ひどい時代に生まれてしまったと、嘆き絶望している人も多いようです。
 世界中の惨事がすぐにニュースで伝わる時代だからこそ、恐怖が増すのかもしれません。

 けれど、これらのすべては今作の舞台である明治時代にも起こった出来事です。
 しかも今よりももっと酷かった。明治時代に何度か流行ったコレラは、ひどい時は10万人以上の死者を出しています。罹患した人の半数以上が死ぬ恐ろしい病でした。
 戦争に焦点をあててみれば、そもそも時代の始まりが新政府軍と旧幕府軍との戊辰戦争です。
 共に国を築いてきた日本人同士が殺し合う戦争でした。
 平和慣れした現代人がその時代を生きたなら、どれほど嘆き苦しんでいたでしょう。
 明治時代の資料を集め読むほどに、今がなんと幸せな時代なのだろうかと何度も思いました。

 でもそんな大激動の時代のさなかでも、新しいものを受け入れ、変化を楽しんだ人達も多くいました。今のように世界の惨状が瞬時に映像で伝わらないからこそ、大衆はいい意味で鈍感でいられたのかもしれません。
ともあれ彼らは軽やかに意識を変え、果敢に新時代に順応していったのです。
 人力車から馬車、蒸気機関車、自動車へ。洋風建築にガス灯の街並み。
 和装から洋装へ様々なファッションや髪型を生み出し、食事ではすき焼きの原点ともいえる牛鍋が流行し、今では定番料理のオムライスが生まれ、牛乳を飲む習慣などが始まりました。

 そして今も昔も流行の最先端を知っているのは女学生です。
 古い慣習に縛られながらも、軽やかに時代を楽しんだ彼女たちを重くなり過ぎないように、大いなる脚色をつけて描いてみたいな、というのが『明治白椿女学館の花嫁』という今作になりました。

 最近の若者がニュースを見ないと嘆く声も聞きますが、社会の全員が重苦しいニュースにわざわざ一喜一憂する必要はないのかもしれません。むしろ世界の惨状など我関せず、軽やかに時代の変化を楽しむ人々の存在こそが、激動を乗り越える原動力になるような気がします。
 せっかくなら面白い時代を生きているのだと、存分に今を楽しみたいものです。

 もっとも、明治を生き抜いた彼らから見れば「どこが激動?」と首を傾げたくなるのかもしれませんが……。



尾道理子(おのみち・りこ)
2020年、第5回角川文庫キャラクター小説大賞〈読者賞〉を受賞した『毒母の息子カフェ』でデビュー。「皇帝の薬膳妃」シリーズで人気を博している。

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