幽霊の酸素ボンベ

文字数 1,297文字

 幽霊は酸素ボンベを持っている。
 中国・唐代の幽霊話に、そんなエピソードがある。幽霊は空気の入った袋「蓄気袋」を携えているというのである。これを奪われると幽霊は困ってしまうようで、返してくれと哀願している。
 なぜ死者である幽霊に酸素ボンベが必要なのか。その前段階として、幽霊は生者に息を吹きかけて殺すものだと思われていたというのがある。幽霊の吹きかける息は凍るように冷たいそうだ。想像すると恐ろしい。だが、待てよ。そもそも幽霊は死んでいるのに、なぜ息を吹きかけることができるのだ? 幽霊は呼吸などしないはずだ。――と、疑問に思った人が当時いたのか、どうか。理由はともかく、「蓄気袋」というユニークな設定が作られることになった。ユーモラスでたいへんよろしい、と個人的には思う。しかし怖がらせるのが仕事の幽霊にとって、それではいけないらしい。多くの人にとっても「蓄気袋」は魅力的でなかったようで、この設定は定着しなかった。酸素ボンベこと蓄気袋の話は『修訂 鬼趣談義―中国幽鬼の世界―』(澤田瑞穂・著、平河出版社)に載っているので、詳しく知りたいかたはそちらを読んでみてほしい。
 ユーモラスな幽霊がいてもいいのにな、と思う私は幽霊を見たことはないし、見たいかと言われたら見たくないと答える。
 私の実家は寺の裏手にあり、墓場がすぐそばで、私自身は葬儀会社で働いていたこともある。しかし幸いにして幽霊に遭遇したことは一度もない。怪談は好きだが幽霊は怖いし、祟りがあると言われている場所に近づくのはいやだ。地元には処刑場跡地に建てられた慰霊碑があり、それを道路拡張のため移動させようとしたところ工事関係者に事故が続出したため手をつけられず、交差点がいびつな形になっている、というのが事実として市史に載っている有名な忌み地があるが、そこを題材にして話を書けと言われたら絶対に断る。ようは怖がりの怖いもの好きである。怖がりなくせに幽霊が出てくる話をよく書いている。しかし怖がりなのでホラーは書けない。作者が書いている途中でパソコンが壊れたりデータが消えたりといった現象の起きる実話怪談やホラー小説を読むと、べつの意味でも怖くなる。
『花菱夫妻の退魔帖』シリーズは、幽霊の出てくる物語ではあるものの、怖い話ではない……と思っている。幽霊が怖いかたにも、幽霊好きのかたにも、楽しんでいただければ幸いである。



白川紺子(しらかわ・こうこ)
三重県出身。同志社大学文学部卒業。2011年に「サカナ日和」で第154回Cobalt短編小説新人賞に入選後、`12年「嘘つきな五月女王」でロマン大賞を受賞。同作を改題・改稿した『嘘つきなレディ~五月祭の求婚~』で`13年にデビュー。著書に「後宮の烏」シリーズ、「下鴨アンティーク」シリーズ、近著に『花菱夫妻の退魔帖』『京都くれなゐ荘奇譚(三) 霧雨に恋は呪う』がある。

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