能×男色×桶狭間

文字数 1,089文字

 能の奥義書として有名な世阿弥の『風姿花伝』だが、これを徳川家康が所有していたことは、あまり知られていない。
 一子相伝のはずの奥義書を、なぜ一介の戦国武将が所有していたのだろうか?
「天下人なら当然だろう」
 そう思うひともいるかもしれないが、奥書によれば、家康が『風姿花伝』を駿河十郎大夫という能楽師から譲られたのは、なんと天正六年(一五七八)である。まだ三河と遠江しか治めていない時期であり、天下取りなどはるか先のことであった。
 もし、十郎大夫が見誤り、家康に『風姿花伝』を譲っていなかったら、あるいは他の武将に譲っていたら、この奥義書が現代にまで伝わっていなかった可能性も、十分に考えられるのである。
 いったい、なにがあったのだろうか? まさか十郎大夫には、未来が見えていたのだろうか? あるいは、家康という男は誰から見ても天下をとるだけの器量があったのだろうか?
 このような疑問に、自分なりの結論を出してみたくなり、書いた小説が『傾城 徳川家康』である。
 この小説において、家康にステレオタイプな「狸親父」のイメージはない。男色が盛んだった時代に、自らの肉体で大人たちを誘惑・籠絡し、家の再興を目指す美少年である。
 その相手は、織田信長であり、太原雪斎であり、そして今川義元である。
「それは、もはやBLなのでは?」
 そう思うひともいると思うが、結果的にはそんな感じである。
 なんなら、かなりBLを意識してカバー画も描いてもらったのである。
 とはいえ、この荒唐無稽な物語に説得力を持たせるため、大量の史料と資料を読み込んで、メチャクチャ作り込んだ歴史エンタメでもある。 
 ――能×男色×桶狭間
「こんなことが、あったのかもしれない」
 そう思わせられれば、幸甚の至りである。



大塚卓嗣(おおつか・たくじ)
1974年、東京都生まれ。2012年、第18回歴史群像大賞に佳作入選。13年、『天衝 水野勝成伝』(『天を裂く 水野勝成放浪記』改題)でデビュー。それまで注目されていなかった猛将・水野勝成に光を当て、勝成ブームを巻き起こす。デビュー作にして同著が「この時代小説がすごい!2014年版」にランクイン。著作に宮本武蔵の養子・伊織を描いた『宮本伊織』、小早川秀秋を新解釈で描いた『鬼手 小早川秀秋伝』、『くるい咲き 越前狂乱』『天魔乱丸』などがある。

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