不憫な元タイトルは『宮正の娘』

文字数 1,045文字

十人十色とはよく聞く言葉だ。
好みや考えが多様なのは良いことだが、複数集えば意見の違いから諍いを起こすのが人である。町規模、都市規模と人数が増えれば利害まで生じて犯罪に発展することもある。

かくして現代日本では警察が、平安の都では検非違使(けびいし)が、江戸の町では八丁堀の同心たちが治安維持のために走り回ってきた。
それは海の向こうでも変わらない。古代中国皇帝の閨房(けいぼう)、海外版大奥ともいうべき「後宮」にも不正を取り締まる組織がある。
男子禁制のため女官のみで組織された「宮正司(きゅうせいし)」という部署だ。

ただ、この宮正司、現代日本では哀しいまでに知名度がない。
昨今の流行で後宮舞台の小説は多々あるが、浅学な私は未だ宮正司メインの物語に遭遇できていない。
パソコンに打ち込んでも一発変換できず、「みや、ただしい」と打ってから余分な字を消している。

はっきりいってマイナーなのだ。
真面目に職務に励んでいただろうに歴史の陰に埋もれた宮正女官たち。不憫になってきた。

彼女たち主体の本がないのなら、私だけでも書いてあげよう。

そうしてできたのが女主人公を宮正司に属する女官に。相棒を務める男主人公に、女性武官に変装した皇帝を配したこの物語だ。
古代中国版法務大臣である刑部令(けいぶれい)を祖父にもつ女主人公と、お忍びで後宮入りしてまで趣味の捕り物に没頭する皇帝という凸凹コンビの話である。

当初はタイトルも『宮正の娘』としていた。
が、原稿を書き上げてふと思った。

「この題名でどれだけの人が後宮捕り物帖だとわかってくれる?」

何度も書くが、宮正はマイナーだ。
マイナーな名称を書物の顔ともいうべき題名にもってきて誰が興味を示してくれるのか。そもそも「娘」を「誰それの子」と定義すれば、主人公は「宮正の娘」ではなく「刑部令の孫」だ。

故に、題名を『後宮女官の事件簿』へと変更した。
書店で目にされた際には不憫な旧題と「宮正」の名称も頭の隅に思い浮かべていただけると幸いである。



藍川竜樹(あいかわ・たつき)
兵庫県出身、在住。やぎ座。近著に『神戸北野 僕とサボテンの女神様』『女王ジェーン・グレイは九度死ぬ』『鬼愛づる姫の謎解き絵巻』などがある。

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