Go To 松本!

文字数 1,071文字

 長野県松本市は、わたしが高校生活の三年間を過ごしたゆかりの地である。
 ――いつか松本を舞台にした物語を書きたい。
 そういう思いは抱いていたものの、なかなか実現の機会には恵まれなかった。松本を舞台にするからには、それだけの理由がなければ、と自分の中に高いハードルを築いていたせいかもしれない。
 そんなとき、チャンスが舞い込んだ。新たな長野県ご当地小説の舞台を公募で決定する「みんなでつくる! NAGANOVEL(ナガノベル)」という光文社の企画において、投票の結果一位に選ばれたのが「松本城」だったというのだ。
 それを知って、何としても「松本城」を登場させる小説を書きたい、という熱い思いが体内に湧き起こった。
 高校時代、ほぼ毎日、高台にある母校から坂を下り、松本城公園を通り抜けて、一時間に一本しかない電車に乗るために駅に向かったものだ。まっすぐ帰ることは稀で、街中の書店をのぞいたり、喫茶店に寄ったりして時間を潰した。友達とおしゃべりしすぎて電車に乗り遅れ、さらに一時間待たなければならないこともあった。
「松本城」に喚起されて、ストーリーもまだ練らないうちに、小説の場面が次々と脳裏に浮かんできた。縄手通りを散策し、四柱神社で参拝する人。街の至るところに設置されている湧き水を飲む人。松本民芸家具で統一された蔵造りの喫茶店でコーヒーを味わう人……。
 頭に浮かんだ場面をもとに物語を組み立てていく工程は、実に楽しかった。
 とはいえ、創作に「生みの苦しみ」はつきものだ。都会から松本への移住を決めた四組の夫婦と一人の女性を登場させる上で苦しんだのは、移住の理由だった。移住の決め手は何なのか。ある理由を思いついた瞬間、この小説が完成したと言っても過言ではない。
 コロナ禍のいまだからこそ、小説の中で旅をしてほしい。松本へようこそ。



新津きよみ(にいつ・きよみ)
長野県生まれ。青山学院大学卒。旅行代理店勤務などを経て、1988年に作家デビュー。女性ならではの視点で描く巧妙な心理サスペンスや、日常に根ざした質の高いホラーに定評があり、短編も数多く発表している。著書に『巻きぞえ』『彼女の深い眠り』『彼女の時効』『誰かのぬくもり』『彼女たちの事情 決定版』(以上、光文社文庫)、、『夫以外』(実業之日本社文庫)、『二年半待て』(2018徳間文庫大賞受賞作)、『始まりはジ・エンド』(双葉文庫)、『セカンドライフ』(徳間文庫)などがある。

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