からりと揚がりました

文字数 1,051文字

 若かりし頃、二人の大御所映画関係者にお世話になったことがある。一人は映画評論家、もう一人は映画監督だ。
 映画評論家のS先生は、清潔に整えられた髭がトレードマークで、いつも品のあるジャケットを着て、紳士を絵に描いたような人だった。当時、私が通っていた大学の学部長を務められていて、学生からも慕われて人気者だった。見た目のまま優しくて、文句もネガティブなことも口にしない人だったが、評論家としても穏健派であるのが、週刊誌の映画評などを読むとわかった。
 けれど、彼を囲んでお茶をしながら最近の映画の感想などを聞くうちに、意外と褒めないな、と思うようになった。穏やかな雰囲気と言葉で、けっこう厳しいことを言っている。作り手側になってみれば、優しい言葉で言われると油断して受け入れてしまうだけに、胸にグサッとくるに違いない。恐怖映画にあるような、優しく見えるけど実は一番怖いという評論家だったのかもしれない。
 映画監督のY先生は、対照的に常に怒っている(感じの)人だった。でも、忙しいのに私のような映画の仕事を始めたばかりの人間のことも気にかけて声をかけてくれる、実は優しい人だった。とはいえ、私が何か言えば、彼は必ず「違う!」と怒る。今になれば、なぜ怒られたのかわかるのだが、若い頃だったから、そうなると何も言う気がしなくなる。この人の下で働くのは大変だなと思った。
 そんな監督に、唯一褒められたことがある。暑中見舞いを送ろうと思ったが、「普通だ!」と怒られるのが目に見えているので、象のウンチから(植物繊維だけ取り出し)作った紙というのを使って、クソ見舞いを送ったのだ。これは彼のツボにめちゃくちゃハマったようだった。監督の作品より、監督本人が面白いと思った瞬間だった。
 そんな対照的な二人を、かきあげのようにミックスして、主人公の八郎がからりと揚がりました。『かきあげ家族』文庫版、よかったら食べてみてください。



中島たい子(なかじま・たいこ)
1969年東京都生まれ。多摩美術大学卒業。放送作家、脚本家を経て、2004年「漢方小説」で第28回すばる文学賞を受賞。著書に『万次郎茶屋』『おふるなボクたち』『パリのキッチンで四角いバゲットを焼きながら』『院内カフェ』『がっかり行進曲』などがある。

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