ノルマンディーの春

文字数 1,208文字

 関西日仏学館(現アンスティチュ・フランセ関西)が、京都市左京区百万遍の近くに建設されたのは、1936(昭和11)年のことです。
 国の「登録有形文化財」にも登録されている、その白亜の美しい建物は、日仏の交流拠点であると同時に、戦前戦中は自由と民主主義の象徴的存在でもありました。その落成記念として藤田嗣治が寄贈したのが、「ノルマンディーの春」です。フランスの田舎の風景をバックに、3人のフランス人女性と1匹の小犬が描かれたこの油彩画の大作は、時代の変遷と共に、異なる扱い、評価を受けてきました。
 太平洋戦争前は、学館の貴賓室に展示され、訪れる数々の賓客の目を楽しませていましたが、戦時中は敵性画として糾弾を受け、それ以降は、ほとんど忘れられた存在になっていたようです。作品が改めて注目を集めるようになったのは、1987(昭和62)年に、「ル・フジタ」という、藤田の名前を冠したフレンチ・レストランが学館1階にオープンしたときからでした。レストラン正面の壁にこの絵が展示されることになったのです。
 私が初めて学館を訪れたのは、1999(平成11)年のこと。当時、東京に住んでいた恋人(今の妻です)と、学館の前に広がるフランス式庭園のテラス席で、「ル・フジタ」のランチを楽しみました。店内では結婚披露宴が行なわれており、大きな窓を通して見ると、藤田の絵の前で、新婚夫婦が幸せいっぱいの笑みを振りまいていました。
 美しい庭と美しい建物、美しい絵、そして、美しい絵の前で微笑む幸せそうなカップル。それはまるで、フランス映画のワンシーンのように印象的な光景でした。思えばそのときから、私は、関西日仏学館を舞台に、「ノルマンディーの春」をテーマにした作品を書こうと決めていた気がします。
 現在、「ノルマンディーの春」は、1階玄関ホールに展示されており、誰でも自由に鑑賞することができます。興味のある方は是非訪れてみてください。



大石直紀(おおいし・なおき)
1958年静岡県生まれ。98年第2回日本ミステリー文学大賞を受賞した『パレスチナから来た少女』でデビュー。2003年『テロリストが夢見た桜』で第3回小学館文庫小説賞、06年『オブリビオン~忘却』で第26回横溝正史ミステリ大賞テレビ東京賞、16年『二十年目の桜疎水』収録の「おばあちゃんといっしょ」で第69回日本推理作家協会賞短編部門、20年『二十年目の桜疎水』で第8回京都本大賞、21年「東柱と東柱」で第1回アミの会アワードを受賞。TVや映画のノベライズも多数手がける。他の著書に『京都一乗寺 美しい書店のある街で』『京都文学小景 物語の生まれた街角で』など。

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