「信濃の国」を歌いながら

文字数 1,050文字

 松本市が舞台の『ただいまつもとの事件簿』を刊行したあと、「次は長野市を舞台に書かねば」と、半ば使命感のようなものに駆り立てられた。長野市といえば、「牛に引かれて善光寺参り」の善光寺である。だったら、タイトルは『猫に引かれて善光寺』しかない。
 前作には茶トラの猫が重要なキーパーソンならぬキーキャットとして登場した。したがって、今回も長野市を象徴するような猫を登場させたい。前作で事件解決に奔走した面々も登場させないわけにはいかないだろう。どうすればいいのか。「長野市の住民に飼われている猫が松本市の住民に引き取られる」という設定はどうだろう。引き取られるきっかけが殺人事件だったら……。
 そうやって生まれたのが、『猫に引かれて善光寺』である。
 それにしても、なぜ、「松本の次は長野を書かねば」と、使命感や焦燥感に駆られたのか……。
 ――松本を書いて長野を書かなかったら、長野の人に怒られる。怒られないまでも、がっかりされる。その逆もしかりだ。
 そういう思いがわたしの中にあったのは否めない。
 長野県民は、郷土愛が強いと言われる。軽井沢に住んで多くの作品を世に送り出した内田康夫さんも、『「信濃の国」殺人事件』の中で、長野県民の郷土愛の深さを県歌の「信濃の国」の歌詞を引用して語っている。長野県民なら誰でも歌える県歌である。
 もともと長野市と松本市は違う県に属していたのが、明治九年に長野県と筑摩県が合併して現在の長野県が生まれた。昭和二十三年に県議会で分県論が盛んになったときに、賛成派と反対派、両者の心を一つに結びつけたのが「信濃の国」の大合唱だったと言われている。
『猫に引かれて善光寺』は、そのあたりの歴史も踏まえて真摯に、けれども気軽に読んでほしい。



新津きよみ(にいつ・きよみ)
長野県生まれ。青山学院大学卒。旅行代理店勤務などを経て、1988年に作家デビュー。女性ならではの視点で描く巧妙な心理サスペンスや、日常に根ざした質の高いホラーに定評があり、短編も数多く発表している。著書に『彼女たちの事情 決定版』『ただいまつもとの事件簿』『二年半待て』(2018徳間文庫大賞受賞作)『始まりはジ・エンド』『夫が邪魔』『セカンドライフ』『妻の罪状』『なまえは語る』などがある。

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