三文字の鍵

文字数 986文字

 謎を解く鍵だ。タイプライターを中心に据えた長編ミステリーは日本では珍しいと思うが、その設定が生きる手掛かりが、脅迫状に青白く浮かぶ三つの文字である。これが出てくるまでは、エキサイトな場面が多いとはいえないが、もちろんすべてが伏線であり、三文字の鍵が出てきた瞬間、幾つもの線がみるみる集約されてきて真相の絵柄が浮かびあがってくる。といって、探偵役以外で易々とそれを明かせる読者は多いとは思えない。
 理由の一つは、犯人の行動の心理的な背景や動機がかかわってくるからだ。これらは、推理では解き明かしにくく、謎解きミステリーで正面切って扱うには厄介だ。ただ、本作ではその難題に挑戦してみている。冒頭から描かれる老婆の死を巡る捜査過程でも、被害者や犯人の心中をロジックで明確にしてみようと、ほぼ不可能なことに取り組んでいる。エラリー・クイーンの『ギリシア棺の謎』をイメージさせるタイトルである以上、脳を酷使してのたうち回る必要もあったということか。
 三つの文字の手掛かりは、論理によって、犯人の心理の揺れ、計画性の変転までを如実に物語る。そのロジックストーリーに、柄刀らしい突拍子もない(犯人の哀しいほどの決意に満ちた)物理トリックも加えられたのではないかと自認している。
 ジョン・ディクスン・カーのファンであり、不可能犯罪モノも多く手がけてきた私は、解説を書いてくださった辻真先氏の「カーの卵からクイーンが誕生するという奇跡」という(ご祝儀含みであっても)ご評価には、胸を打たれつつ安堵を覚えた。ロジック形式のミステリーで、柄刀らしい足跡は刻めたのかもしれない。
《柄刀版国名シリーズ》は、「カーの卵からクイーンが誕生する」という変則技の着地を決め続ける道筋であり、シリーズ完結作、『或るスペイン岬の謎』などはまさに、カーの卵風味も濃密なのではないかと感じている。



柄刀一(つかとう・はじめ)
1959年、北海道生まれ。’98年、『3000年の密室』で長編デビュー。『密室キングダム』などヒット作多数。近著の『或るスペイン岬の謎』は柄刀版〈国名シリーズ〉の完結編である。

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