夢の王国 彼方の楽園 マッサゲタイの戦女王と諸王の王

文字数 990文字

 なぜ歴史小説を書くのか。
 歴史を主な執筆ジャンルとする作家たちにはそれぞれの理由があると思う。私の場合は『解決されていない謎』『ある人物の性格や経歴と整合性の取れない行動の理由』つまり、歴史の闇に呑み込まれてしまった謎への答を、自分で妄想し、構築するのが楽しいからだ。
 本作における最大の謎は『キュロス大王は何故、河を渡ったのか』だ。
 紀元前六世紀半ば、キュロス二世は辺境の小王国から挙兵し、当時イラン高原を支配していたメディア帝国を滅ぼした。さらに、西はアナトリア半島から東はバクトリア地方、南はメソポタミア全土を征服し、その当時知られていた世界のほとんどをアケメネス朝ペルシア帝国の領土とした。
 彼は生涯で休みなく戦争を繰り返し、周囲の国々を滅ぼし、切り従えた。そのキュロス大王が最後に征服しようとしたのが、女王トミュリス(本作ではタハーミラィ)の治める北の大平原、マッサゲタイ遊牧王国だった。
 キュロス大王はまず、トミュリスに求婚の使者を送るが、あっさり断られ、大軍を率いて中央アジアへと乗り込んでいく。両軍はアム河の支流で対峙し、女王は決戦の場を河のどちら側とするか、大王に選択肢を与える。
 ペルシア軍が河を渡って敵の領土に踏み込めば背水の陣となり、戦況が不利になっても逃げ場はない。戦争の経験豊富なキュロスが、諸王の王と呼ばれた彼が、そのような初歩的なミスを犯すものだろうか。
 マッサゲタイ遠征の前に、キュロスは息子に王位を譲っている。中央アジアの征服に時間をかけるつもりだったのだろう。
 マッサゲタイ女王の挑戦を、キュロスはどのように解釈して、河を渡ったのか。
 その謎を考え続け、考古資料を読み漁っているうちにできあがったのが、この物語です。



篠原悠希(しのはら・ゆうき)
1966年、島根県生まれ。現在、ニュージーランド在住。2013年、『天涯の楽土』で第4回野性時代フロンティア文学賞を受賞。その他の著作に大ヒットとなった「金椛国春秋」シリーズ、「親王殿下のパティシエール」シリーズ、「霊獣紀」シリーズ、『蒼天の王土』『狩猟家族』などがある。

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