見えないものを見る

文字数 1,075文字

「人はね。なりたいものになれるんだよ」
 以前の勤め先の社長の言葉が、今でも背中を押してくれる。会社を辞めたいと伝えると、社長は「何かやりたいことがあるの?」と聞いてきた。話しても笑われるだろう。そう思いつつ小説家になりたいと打ち明けると、社長は真面目な顔でそう言ってくれた。諦めずに続ければ、人はなりたいものになれる。今考えている未来とは違う形になることはあるけれど、それでもなりたいと思ったものに人はなれる。社長はとある元社員の実例を交えながら、熱心に説明してくれた。それはきっと、去りゆく社員への手向けの物語だろう。でも、その話に私は泣きそうになった。この恩をいつかきっと形にして返したい。そして、社長が話してくれたような、人を感動させる物語を書きたい。そうして教わった通り諦めずに続けた結果が、『霊視(みえ)るお土産屋さん』の誕生へ繋がった。
 三度目の失職を経て、傷心旅行中だった主人公の燈子は、ひょんなことから琵琶湖に浮かぶ竹生島のお土産屋さん『鳰の海』で働くことに。その店にはお土産を求める人々だけでなく、霊にまつわる悩みを抱えた人々までもが駆け込んでくる。しかし、先代社長の息子で霊が視える甲斐は無愛想で、人々の悩みに興味を持たない。そんな彼とともに、燈子は霊感がないながらもお悩み解決に乗り出す。
 実は、当初の私は滋賀の知識をほとんど持っていなかった。生まれてからずっと住んでいるというのに恥ずかしいかぎりだ。しかし調べてみると、滋賀には隠れた魅力がいっぱいあることに気づかされた。由緒あるお土産に国宝の神社仏閣、興味深い伝説に自然溢れるレジャー等々。人々のお悩み解決に奔走する中で、燈子も知られざる地元の魅力に気づいていく。見えないものは、霊や妖怪といったものだけじゃない。今まで見えなかった故郷の良さや、そこに存在する人の想いもそうだ。「なりたいものになれる」。あの言葉はきっと、私の中にある見えない想いをまっすぐ見てくれてのものだった。
 そんな人々の想いに応えるお土産屋さんの物語も今回で第三弾を迎えた。いつも支えてくださっている皆様に心より感謝を。燈子たちお土産屋さんチームの奮闘を、そして彼女が見ようと努力する、人や霊の想いを、彼女と一緒に見てほしい。



平田ノブハル(ひらた・のぶはる)
滋賀県出身、1987年生まれ。甘味とお酒とレトロゲームをこよなく愛する。生まれてからずっと滋賀に住んでいる生粋の淡海人(アミンチュ)

登場人物紹介

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