サブちゃんと御用聞き

文字数 1,040文字

 いまどき御用聞きなんてやっているのは、サブちゃんぐらいのものだろう。
 2018年の2月某日、お風呂に入っていた私はふと思った。サブちゃんというのは皆さんご存知、国民的アニメの「サザエさん」に登場する三河屋のサブちゃんのことだ。
 いまどきとは言ったが、「サザエさん」の世界は私たちの暮らす現代とはちょっと違っている。アニメ版の作中ではパソコンや携帯電話が登場したこともあるが、磯野家の人々は誰もスマホを持っておらず、外出先から自宅へ連絡するときは公衆電話が頼りだ。居間のテレビは相変わらず箱型で、真夏でもエアコンをつける様子はなく、うちわで暑さを凌いでいる。
 そんな現代と昭和の生活が絶妙なバランスで融合された中で、サブちゃんも通信機器に頼ることなく、律儀に一軒ずつバイクで得意先をまわっている。配達はともかく注文に関しては電話やファックスでいいのでは?と口を挟みそうになるが、毎度ちょうどいいところに御用聞きに来てくれるサブちゃんのおかげで物語が動くこともしばしばである。
 見るからにお人好しなサブちゃんは、御用聞きという仕事を通じて磯野家以外のご近所さんからも頼りにされているに違いないと私は思う。注文取りのついでに、ときにはどこかの主婦の愚痴を聞いてあげ、またときにはどこかの高齢者宅でちょっとした力仕事を手伝ってあげたりしているのではないだろうか。
 私は長湯をしながら、さらにサブちゃんに思いを馳せた。そしてそんな妄想から出来たのが『ことぶき酒店御用聞き物語』だ。ちなみにあの夜、どうして急に入浴中にサブちゃんの顔が浮かんだかといえば、単に私が昔から「サザエさん」のファンだからだ。日曜日にかぎってわが家の炊飯器が午後6時30分に米が炊けるようセットされているのも、「サザエさん」を見ながら家族で夕飯を食べるためである。
 おかげさまで、「ことぶき酒店」シリーズは今回発売された5巻で無事に完結を迎えることが出来た。この本を書くきっかけをくれたサブちゃんに感謝を。そしてお人好しで日本酒好きで、神様まで見えてしまう本作の主人公、寿ミツルの物語に手を伸ばしていただけたら幸いである。



桑島かおり(くわじま・かおり)
福井県出身、1987年生まれ。著作に「口入れ屋お千恵 繁盛記」シリーズ(富士見新時代小説文庫)、「江戸屋敷渡り女中 お家騒動記」シリーズ(だいわ文庫)がある。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み