雨の中の祝福の物語

文字数 1,201文字

 連作短編集『雨の中の涙のように』は私にとって初めて尽くしの本です。一つ目は「初めての短編集」二つ目は「初めての長いタイトル」三つ目は「初めての良い話」です。
 私にはいつか短編集を出してみたいという夢があって、それが叶ったというか強引に叶えてもらったのがこの本です。一本目の依頼が来た段階では連作の構想はなく、ただ時代遅れの役者の短編を書きました。次に、二本目の依頼が来たとき私は下世話な皮算用をしました。もしかしたら三本目も、いつかは四本目も依頼が来るかもしれない。そのときに共通のテーマがある連作短編になっていれば本にしてもらえる確率が上がるかもしれない、と。
 私はこっそり連作の構想を練りました。この先依頼が続く保証はないので誰にも内緒です。そして決めたのが「映画」をモチーフにすること。主人公は「人生につまずいた男」にすること。すべてに「堀尾葉介」が登場することでした。
 各話に出てくる懐かしい映画は完全に私の趣味です。『大脱走』『ブレードランナー』『レッド・オクトーバーを追え!』『リバー・ランズ・スルー・イット』『真夜中のカーボーイ』『大災難P.T.A.』『スカーフェイス』『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』『素晴らしき哉(かな)、人生!』などなど。もし機会があればご覧になってください。どれも本当に面白いですよ。
『雨の中の涙のように』というタイトルは「ブレードランナー」の台詞から取りました。雨に打たれて死んでいくレプリカントが言います。――思い出も時と共に消える。雨の中の涙のように、と。救済と祝福のシーンです。
 非常にみみっちくて浅ましい動機からはじまった連作ですが、でき上がったものはとても静かで美しい物語になったと自負しております。
 これは堀尾葉介が知らぬ間に人を救い、救うことで人に救われた物語です。どうか彼の人生をそっと見届け、祝福していただけたらと思います。(了)



遠田潤子(とおだ・じゅんこ)
1966年大阪府生まれ。関西大学文学部独逸文学科卒。2009年『月桃夜』で第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。’16年、『雪の鉄樹』が「本の雑誌が選ぶ2016年度文庫ベストテン」第1位、’17年、『オブリヴィオン』が「本の雑誌が選ぶ2017年度ベスト10」第1位、『冬雷』が第1回未来屋小説大賞に。’20年、『銀花の蔵』が第163回直木三十五賞候補になるなど、注目やまない活躍を続けている。他の著書に『アンチェルの蝶』『廃墟の白墨』『ドライブインまほろば』『緑陰深きところ』『紅蓮の雪』『人でなしの櫻』『イオカステの揺籃(ゆりかご)』などがある。

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