定年後の長い人生をどう生きるか?

文字数 1,295文字

 今年の1月、69歳になった。来年は古希だ。こんな年まで生きている自分を、子どもの頃はイメージすらできなかった。
 丹波の田舎で生まれ、兄は49歳、姉は39歳で共に癌でとっくに亡くなった。父母は、末子の私が見送った。大学を卒業後、銀行員になったが、49歳で突然退職し、作家になった。順調に仕事をしていたと思ったら、思わぬ落とし穴に落ちてしまった。日本振興銀行というベンチャー銀行の社長にまつり上げられ、銀行の破綻処理の一環として日本初のペイオフを実行することになったのだ。共に銀行の再建に奔走した弁護士のAさんが自殺した。私も自殺したいほど精神的に落ち込んだ。なんとか処理を終えたが、ほっとする間もなく整理回収機構から50億円の民事訴訟を起こされた。負ければ破産だ。恐怖でどうにかなってしまいそうだった。4年間にも亘る裁判は2000万円の和解金支払いで決着した。世のため、人のためとの思いで社長を引き受けた「のに」、個人的メリットを得たことはない「のに」、なぜこんな目に遭わなくてはならないのかと「……のに」ばかりが頭の中に渦巻いた。怒り、悔しさ、後悔、自責……。その果てに辿り着いた結論は、「人生は思うに任せない」ということだ。
 本書の主人公田中圭史は私の分身である。
「無事之名馬」の格言通り、波風を立てない平凡な人生を送るつもりだった。そしてその通りの人生を送っていた。
 ところが勤務先に同窓同ゼミの人物が社長で赴任してきたことを契機に人生が波立ち始める。避けようと思うのに否応なく災難が降りかかってくる。圭史は、駅のホームで偶然、若者の自殺を目撃してしまう(これは私の実体験である)。自分は生きがいも感じることなく齢を重ねているのに、未来があるはずの若者が死に急ぐことに圭史は、強い衝撃を受ける。いったいなんのために生きているのか。圭史は自分に問いかけ、その答えを求め「自分探し」を始めるのである。
 人生100年時代と言われ、定年によって会社をリタイアした後にも、うんざりするほど長い人生が待っている。そんな人生をどうやって生きたらいいのだろうか。悩んでいる人が多いと聞く。
 定年後の長い人生を圭史は悩みながらも前を向いて歩く。繰り返し襲って来る災難にも果敢とまではいかないまでも、どうにか立ち向かう。圭史の歩く姿は「定年後のあなた」そのものである。共感して読んでもらえれば幸いである。



江上 剛(えがみ・ごう)
1954年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。第一勧業銀行(現・みずほ銀行)に入行し、人事部や広報部、各支店長を歴任。’97年の第一勧銀総会屋事件では解決に尽力。事件を材にした映画『金融腐食列島 呪縛』のモデルになった。銀行業務の傍ら、2002年に『非情銀行』で作家デビュー。’03年に銀行を辞め、執筆に専念。デレビ・コメンテーターとしても活躍。

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