ピンクの死体

文字数 1,191文字

 何かいい裏話はないかと思い、この本の初稿を書いていた頃のノートを見返してみた。キーボードで「お菓子屋さん」と打ったらとんでもない職業が出てきたとか『王と花魁』のラジオCMを聞いて花魁が吐くのかと思ったとか毒にも薬にもならないことばかり書かれていたが(毒ならいけるか?)、その中にこんなものがあった。
〈Yさん案:死体をピンクにしてはどうか?〉
 本書に収録されている「ディティクティブ・オーバードーズ」という作品について打ち合わせた際のメモである。作家の皆さん、死体をピンクにする提案をされたことはありますか。ぼく? あるよ。
 そんな和製『バービー』と言うべき作品も収録された『ミステリー・オーバードーズ』は、二〇二一年に光文社から刊行されたぼくの二作目の短編集だ。前作『少女を殺す100の方法』が「少女の大量死」をテーマとしていたこともあり、この本でも各作品に共通のモチーフを持たせたいと考えていた。
 初めに短編を二つ書いた時点で、テーマは決まったと思った。「食人」である。ところがこのテーマを提案してみると、二人の編集者は揃って首を横に振った。まるまる一冊、人を食う話ばかりではあんまりだという。ならば仕方ない、もうちょっといろいろ食ってみようということで、広い意味での「食事」、つまりはものを食うこと、身体に取り込むことをテーマに決めた。おかげで味わい豊かな一冊になったと思う。
 各作品の味付けはさまざまだが、どれもやりたいことをやりきったという手ごたえを感じている。とくに本書の三分の一ほどを占める「ディティクティブ・オーバードーズ」を書き上げたときは、それまでにない満足感を覚えた。この中編のタイトルをそのまま本の名前にしてもいいと思ったのだが、打ち合わせで Detective という単語にぴんとこない人がいるかもという意見が出て、そこから『ミステリー・オーバードーズ』なる文言が捻り出された。
 文庫化を機に本書を手に取って頂いた方も、ぜひぼくの渾身の手料理を楽しんでもらえると嬉しい。ピンクの死体が出てくるかは――読んでからのお楽しみ。



白井智之(しらい・ともゆき)
1990年千葉県印西市生まれ。東北大学法学部卒業。『人間の顔は食べづらい』が第34回横溝正史ミステリ大賞の最終候補作となり、2014年同作でデビュー。翌年刊行の『東京結合人間』が第69回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)候補作に、’16年刊行の『おやすみ人面瘡』が第17回本格ミステリ大賞(小説部門)候補作、’23年『名探偵のいけにえ』で第23回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。

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