映画館と私

文字数 1,361文字

 4月7日、私はシネコンで『AKIRA』4Kリマスターを観ていた。
 数日前から「緊急事態宣言が出る」ということが報道されていた。「シネコンとか行っていいのかな? でも、今日が最後のチャンスだろう」と悩んだ結果、夕方の回を観るために自転車を飛ばした。周りに人がいない席にしようと思い、前の方に座った。IMAX上映の巨大スクリーンで、映画を観るというよりも、浴びる感じだ。上映が終わって外へ出ると、街は閑散としていた。シネコンの入っているショッピングモールのあちらこちらに、「緊急事態宣言のため、しばらく休業します」と書かれた紙が貼ってある。満月に少し足りない月が出ていて、桜もまだ咲いていて、怖いくらいに美しい夜だった。
 映画が好きという以上に、映画館が好きだ。
初めてシネコンに行ったのは、高校3年生の夏の終わりだった。その日は、追試だけしかなくて、学校がお昼すぎくらいに終わった。一緒に追試を受けた友達と『もののけ姫』を観にいった。ロビーは広くて天井が高い、売店ではバターをかけたポップコーンが売られていて、スクリーンはいくつもある。「ここは、アメリカなのか!」と、驚いた。
それから20年以上、国内でも海外でも旅行した時には、そこにあるシネコンも見にいくことが習慣のようになっている。20代の時には、シネコンでアルバイトもしていた。去年は、シネコンの他に単館系や二番館と呼ばれる映画館も合わせて、101本の映画を観た。
 私の住む神奈川県内で、シネコンの営業が再開したのは6月に入ってからだ。新作はなかなか公開されず、旧作が上映された。『ニュー・シネマ・パラダイス』などの名作の他に、スタジオジブリの作品まで観られることに興奮して、「これは、1日いても足りないくらいではないか!」と思ったが、行く気になれなかった。前とは変わってしまったことを実感したくなかったのだ。もともと、映画を観るぐらいしか出かけることがない。どこにも行かず、家でちまちまと『シネマコンプレックス』の文庫化のための改稿をつづけた。
 私がシネコンに行けるようになったのは、7月に入ってからだ。ずっと楽しみにしていた『ストーリー・オブ・マイライフ』を観にいった。スクリーンの前に立ち、1席あけるように書かれた紙が貼られた座席を見上げ、私は泣いた。泣きながら階段を上がり、派手に転んだ。近くにいた女の子たちに「大丈夫ですか?」と心配され、「大丈夫です」と答え、映画館で映画を観られる喜びを嚙み締めた。



畑野智美(はたの・ともみ)
1979年東京都生まれ。 2010年「国道沿いのファミレス」で第23回小説すばる新人賞を受賞。2013年『海の見える街』、2014年『南部芸能事務所』で吉川英治文学新人賞候補となる。2018年刊行の『神様を待っている』は読書メーター オブ ザ イヤー 2019にランクインし、多くの読者の支持を得る。青春、恋愛からSF、犯罪まで、多岐にわたるジャンルの小説を発表して注目される。ほかに『罪のあとさき』『タイムマシンでは、行けない明日』「南部芸能事務所」シリーズ、『消えない月』『大人になったら、』『水槽の中』などがある。


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