ピンクのおにぎり

文字数 1,075文字

『にぎやかな落日』の主要登場人物にはモデルがいる。両親とわたしと義妹だ。小説内で起こった事柄も、実際にあったことをモトにして書いている。
 人物も事柄も、おにぎりに喩えると分かりいいかもしれない。おにぎりといっても、梅干し一個が真ん中にあるのではない。細かく刻んでごはんに混ぜ込んだ、ピンク色のおにぎりだ。そういうのがいくつも転がっている、というのが、わたしの持つ、この小説のイメージである。ちなみに、おにぎりの色の濃さは一様ではない。赤っぽいのから白っぽいのまでグラデーションになっている。
 人物でいうと、母(おもちさん)のおにぎりの色がもっとも濃い。
 これには理由がある。わたしが小説を書き始めたとき、母はこう言ったのだ。「あたしのことならナンでも書いていいからネッ! 小説家の娘を持つってゆうのは、そういうことなのサァ。あんたがこうなった以上、あたしも覚悟しないバならないもね」と。
 事柄のおにぎりのグラデーションは、次に挙げる母の日記の抜粋で想像できるはずだ。

○月×日 流星が!
午前3時除雪中の夫の眼前を大きな銀色の流れ星が夫めがけてぶつかってくるが如くに飛んできた、と。生まれて初めて見た流れ星。さっそく余市へ年始の帰り、ヨーカ堂でロト宝くじを1000×2枚買ってきた。流れ星がヨーカ堂の方角から来たというので。この私めも今朝ジュウタンを這うミミズを踏みつけてしまった。何か良いことあるかしら?

○月〇日 合唱クラブ
夏、海、港、牧場のうた、腹一杯うたった。

○月△日 44回の結婚記念日
まさか私が44年も夫と暮らせたなんて信じられない。記念日だからといって何をするでもない、特別な話をかわすでもない。只、44年間が自然に過ぎてしまった。そんな我々。

 おかげさまで母は元気で、今年米寿を迎えた。自分のモデル小説が世に出たのは知っているが、日記まで公開されたのはまだ知らない。



朝倉かすみ(あさくら・かすみ)
1960年生まれ。2003年「コマドリさんのこと」で第37回北海道新聞文学賞、’04年「肝、焼ける」で第72回小説現代新人賞受賞。’09年に『田村はまだか』で第30回吉川英治文学新人賞を受賞。’17年『満潮』で第30回山本周五郎賞候補、’19年、『平場の月』で第161回直木賞候補、第32回山本周五郎賞受賞。

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