じょうじはGeorgeだ

文字数 1,119文字

 私のイニシャルはJHなのだが、日本にいる限り、それが特に問題になることはなかった。しかし、海外に出ると話は違った。「じょうじならGeorgeと表記されるはずであり、イ二シャルはGHであってJHではないはずだ」先方はそう言うのである。常にではないがホテルや空港で、そのように言われることがあった。これは必ずしも英語圏だけの話ではなく、中国の空港でも似たようなことを言われたことがある。
 考えてみれば、これは当然のことかも知れない。世界全体を見れば、じょうじはGeorgeであってJyoujiであることは稀だろう。だから、「じょうじ はやし」のイニシャルはそうした常識の中ではGHであってJHではないとなるわけだ。
 (ちなみにChatGPT-4でGHとJH、つまりGeorgeとJyoujiについて尋ねると、圧倒的な多数派のGeorgeのGHに対してJyoujiのJHは「JyoujiとGeorgeは発音が似ているので、JHと表記される場合もある」と返答される始末だった)
 それでは日本語文化圏でイニシャルを考えるとどうか? ChatGPT-4にお伺いを立ててみると、「日本で一番多いイニシャルはわからないが姓のイニシャルがTの人は多数派」という結果が得られた。
 同様に「名前のイニシャルがYの人」で調べると、Yもまた順位こそわからないが多数派であるという。
 ということでイニシャル「YT」というのは実はそれほど珍しくはないということになる。とはいえ、冷静に考えればYTが珍しくないとしても、殺人事件でYTをイニシャルにする人間が次々と被害者になったなら、普通はそれを珍しくないからとは考えない。そこに何か意図があると考えるだろう。
 これは言い換えれば、人間が持つ認知の歪みが働いているからでもある。しかし、認知の歪みは警察だけが持つとは限らない。犯罪を実行する側もまた認知の歪みで行動するのだ。
 それは、「じょうじはGeorgeしかあり得ない」というのと同様のものだろう。



林譲治(はやし・じょうじ)
北海道生まれ。1995年『大日本帝国欧州電撃作戦』(共著)で作家デビュー。日本SF作家クラブ第19代(2018ー2020)会長。《星系出雲の兵站》全9巻(ハヤカワJA)で第41回日本SF大賞、第52回星雲賞日本長編部門(小説)を受賞。光文社文庫では『不可視の網』を刊行している。近著は『知能侵蝕1』(ハヤカワ文庫JA)。

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