三十年後の藤崎翔たちからのメッセージ

文字数 1,413文字

「おいっ、西暦2023年のクソ読者ども。お前らのせいで2053年の俺、藤崎翔はこんなことになっちまったんだ。単行本の『比例区は「悪魔」と書くのだ、人間ども』を改題して文庫化した、俺が自著の中でも一番好きだった『三十年後の俺』が売れなかったせいで、俺は自信を失って転落人生まっしぐら、今じゃ前科者のこのざまだ。まあ仕方ねえよな。失意のあまり、公衆の面前であんなところを露出してあんなポーズをとったんじゃ、そりゃ逮捕されて作家廃業だよ。それもこれも、2023年のお前らクソ読者どもが『三十年後の俺』をろくに買わなかったせいだ。このクソ××××ぐむむっ……なんだてめえ、いきなり後ろから口をふさい……ぐむむむっ」
「ええ、どうも皆様、大変お聞き苦しい放送禁止用語を失礼いたしました。私こそが正統な2053年、つまりこの時代から三十年後の藤崎翔です。正統な未来では、光文社文庫『三十年後の俺』は、この時代を反映したコメディ短編六編と、その合間にショートショート六編という、お笑い芸人の単独ライブでネタと幕間VTRが交互に披露されるのを意識した構成で、まさに元芸人という経歴を持つ私の『文字の単独ライブ』というべき上質な面白さに見合ったスマッシュヒットを記録します。それから私は、同様のコメディ短編集を年に一冊出すようになり、それらは必ずヒットして人気作家の地位を不動のものにし、世の中の文学賞をおおかた獲り尽くし、先日も、九年だっけ……ああ、十年か。十年連続でノーベル文学賞を獲って、家の中はトロフィーだらけで足の踏み場もない……いてっ、嚙むな、いてててっ!」
「この野郎、同じ俺のくせにそんないい思いしやがって! ってことは『三十年後の俺』が売れるかどうかが、俺の運命の分かれ道だったってことか。俺の方の世界線のクソ読者どもがろくに買わなかったせいで、三十年経ってこんなに落ちぶれ……ああっ、いてえっ、やめろっ!」
「人の指に嚙みついておいてなんだその言いぐさは、こうしてやる!」「ぐうっ」「ぎゃあっ」「この野郎っ」「くそおっ」「ぐおおおっ」「ひぎゃあああっ」

 ――すみません、現在の藤崎翔です。『三十年後の俺』刊行にあたってのエッセイを書いていたら、突然部屋の中の空間が裂けて、僕によく似た壮年男性が二人出てきて、先のような予言と喧嘩をしながらまた空間の裂け目に消えていったのですが、どうやらそういうことのようなので、皆様どうか光文社文庫『三十年後の俺』を買ってください!



藤崎翔(ふじさき・しょう)
1985年、茨城県生まれ。高校卒業後、6年間お笑い芸人として活動した後、2014年『神様の裏の顔』で第34回横溝正史ミステリ大賞受賞。著書に『逆転美人』『逆転泥棒』『お隣さんが殺し屋さん』『モノマネ芸人、死体を埋める』『指名手配作家』『守護霊刑事』ほか、テレビドラマ化された『おしい刑事』シリーズなど。なお、2020年、コロナ禍で経営危機にあったお笑いライブ劇場「新宿バティオス」を救うべく命名権を290万円で購入し、「新宿バティオスwith年収並みの命名権を買っちゃったから小説が売れないと困る藤崎翔」と名付ける。

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