何も継ぐものがない「あと継ぎ」

文字数 1,073文字

 テレビ番組の『開運!なんでも鑑定団』を観ていると、亡くなった祖父母や親から「これはとても値打ちがあり、売ると高値になる」と伝えられていた美術品を鑑定してみたら真っ赤なニセモノだった、ということはよくある。そういう場合、鑑定士の中島誠之助さんが、「ご先祖、ご家族が守り、伝えてきたものです。大切になすってください」と依頼人に言うが、果たして、その後も大切にする人はどれくらいいるのだろう? ムカついて掛け軸をビリビリに破いたり、壺を押し入れに入れたまま二度と出さない人だっているんじゃないだろうか。
 「あと継ぎ」問題も同じようなもので、売ると高値になる土地建物や、利益を生み出す会社や商売ならば、子どもはホイホイ受け継ぎ、兄弟姉妹同士の醜い争いすら起こる。しかし、そうでないものは誰もあとを継ごうとはしない。家族間で押し付けあったり、いつのまにか逃げていたりする人もいる。
 私が『あとを継ぐひと』という短篇集で取り上げた仕事や会社は、どれも後者であり、楽に稼げる職種はひとつもない。YouTuberや株投資家などと違って一攫千金などあり得ず、毎日地道に働くしかなく、それでも利益は少しだけ、将来の見通しも明るくはない。華やかさとは無縁で、人気はなく、カッコ良くもない。 
 けれども、そういう仕事をあえて継ごうとした長女や次男もいれば、やはり毛嫌いして逃げた長男もいて、でも、どちらの気持ちもそれほど単純ではない。
 また、あとを継がせたかったのに継がなかった息子をもつ父親もいれば、継ぐのを反対したのに言うことを聞かなかった娘をもつ母親もいて、どちらの親も子どもとなかなか和解できないが、ある部分において、子どもが「自分を越えている」と認めると関係は変化していく。
 しかし、私が一番書きたかったのは、何も継ぐものがなく、継ぐ必要もないサラリーマンの子どもが一体何の「あと継ぎ」になったのか、ということかもしれない。



田中兆子(たなか・ちょうこ)
1964年富山県生まれ。2011年「べしみ」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。同作を収録した『甘いお菓子は食べません』でデビュー。’19年『徴産制』でSense of Gender賞大賞受賞。他の著書に『劇団42歳♂』『私のことならほっといて』『今日の花を摘む』などがある。

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