これでさよなら二十面相

文字数 1,093文字

 乱歩先生の原典では、二十面相は昭和13年の『妖怪博士』(翌年の『大金塊』は、当局の容喙で二十面相を出せなかった)から、昭和24年の『青銅の魔人』まで、戦中戦後10年の空白がある。その間隙を縫って戯作したのだが、これ以上つづけては『青銅』の内容と整合性がつかなくなるので、いったん彼を『暁に死』なせたわけである。
 けっきょくぼくは、我流の二十面相を長編2本、短編1本(「東京鐡道ホテル24号室」)、戯曲1本(日本推理作家協会50周年記念文士劇『ぼくらの愛した二十面相』)を、図々しくも書かせてもらったことになる。怪人は不死身でも白寿を越えているぼくに、もう二度と彼を書く機会はないと思っていた。ところが意外なことにそのあり得ないチャンスが巡ってきたのだ。
 考えてみればぼくがミステリの道に踏み込んだのは、昭和12年の『少年倶楽部』に載った「少年探偵団」を立ち読みしたのがきっかけなので、浅からぬ因縁といっていい。残念ながら戦後の二十面相はぼくにとってリアルタイムの読書対象とならなかった(映画とマンガにのめりこんでいた)から、ポプラ社版で育った平成・令和の読者とは少なからぬズレがある。弁解じみて恐縮だが、そして当然といえば当然なことだが、これは飽くまで昭和初期に育ったぼくのフィルターを通した二十面相のコピー(劣化か?)でしかない。はじめに我流とお断りした所以だ。日本の平和がいかに危うい基盤に立っているかハラハラしているだけに、かぼそい体験に裏打ちされた戦後の現実を、二十面相を口実に描いた一面もあったと思う。
 さて、では最後の二十面相は、ぼくのどの作品にどんな形で登場するのか。
 そんなことネタバレになるから、ここに書くわけないでしょう! でも、彼ならきっとこういうだろう。
「ワハハハハ。わかるかね、読者諸君!」



辻 真先(つじ・まさき)
1932年、愛知県生まれ。名古屋大学文学部卒。NHKでTVドラマの演出に携わる傍ら、テ
レビアニメの脚本を多数手掛ける。本格ミステリ、旅行エッセイ、アニメのノベライズな
ど、執筆範囲は多岐にわたり、1982年、『アリスの国の殺人』で第35回日本推理作家協会
賞、2009年、『完全恋愛』で第9回本格ミステリ大賞、2019年、第32回日本ミステリー文
学大賞を受賞。近著に『焼跡の二十面相』、『たかが殺人じゃないか』などがある。

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