人間のクズ

文字数 1,145文字

『屑の結晶』には、世間から「クズ男」「クズ女」と揶揄される人たちが出てくる。
どういう人間をクズだと思うかは人それぞれだろう。しかし、彼らの内面が垣間見えたとき、その印象はあっさり変わるかもしれない。

 さて、クズと聞いて私が思い浮かべるのは大学時代の一枚の写真だ。
 そこには、友人のT子とN郎が並んで写っている。ふたりとも「イエーイ!」という声が聞こえそうなほど笑っていて、控えめに言ってもアホみたいだ。
 T子とN郎がアホみたいなのは恋をしているからだ。しかも、始まったばかりの恋とあって、傍若無人のいちゃいちゃぶりである。
 そんなふたりのツーショット写真には、黒い油性マジックペンでこう殴り書きがしてある。
「こいつらが人間のクズ」

 大学時代、私たちは男女合わせて10人ほどのグループでいつも遊んでいて、T子は当時、同じグループのよっ君とつきあっていた。そして、N郎とよっ君は友達だった。T子はまだよっ君と別れていなかったが、好きになったら止まらない。燃え尽きるまで燃えてやる。だって恋だもの。
 ところが、T子とN郎の仲を知った、これまた同じグループのカッ君が「よっ君を裏切るなんて許せん!」と怒り、たまたま目にしたツーショット写真に「こいつらが人間のクズ」と殴り書きしたというわけだ。
 まあ、これだけの話なのだが、数十年たったいまも私があの写真をはっきり覚えているのは、「人間のクズ」という言葉の破壊力に圧倒されたからだ。黒いマジックペンで殴り書きされたそれは禍々しい烙印のようで、アホみたいに笑うふたりにかけられた呪いのようにも見えた。怖かった。
 幸いにも、私はまだ面と向かってクズ呼ばわりをされたことはない。もしされるとしたら、このエッセイが公開されたあとだろう。この話は誰の許可も得ずに書いているので、T子にバレたら「勝手に書きやがって。クズはおまえだ」と言われるかもしれないと怯えている。
 ちなみに、T子とN郎は大学卒業後に早々と結婚して、いまも平穏に暮らしているようだ。



まさきとしか
1965年東京都生まれ。北海道札幌市育ち。1994年『パーティしようよ』が第28回北海道新聞文学賞佳作に選ばれる。2007年「散る咲く巡る」で第41回北海道新聞文学賞(創作・評論部門)を受賞。著書に『熊金家のひとり娘』『完璧な母親』『大人になれない』
『いちばん悲しい』『ゆりかごに聞く』『祝福の子供』『あの日、君はなにをした』『彼女が最後に見たものは』などがある。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み