憧れのハードボイルド作家

文字数 1,105文字

「憧れると超えられない」というのは確かだろうが、もともと超えられるわけがないと承知の上で、ひたすら憧れ続けている作家がいる。
 日本におけるハードボイルドの先駆者、大藪春彦である。
 僕はとにかくアクションサスペンスが好きで、他の作家も愛読していたが、大藪作品は「垢ぬけている」という点で群を抜いて好きだった。
 主人公のキャラはちょっとキザで非情。扱う武器や車などの描写は精密で、展開はド派手。まるでハリウッド映画を観ている気分だった。
 女豹シリーズなどはその典型だ。
 ヒロイン小島恵美子はスペイン人とのハーフで、オックスフォード大学を出た動物学者という設定だ。所属も警視庁などではなく国際秘密組織とくる。恵美子がレズビアンでサディストという設定も、当時としては新鮮だった。
 その彼女が凌辱されるのだ。興奮しないわけがない。
 そんな大藪ファンの僕が還暦を迎えると同時に作家になった。
 退職後の生活の糧を得るために、カフェの店主か作家を目指していたのだが、ありえないと思われていた作家の道のほうが、先に開かれてしまったのだ。
 以後、多くのセクシー小説を発表させていただいているが、当然大藪作品の影響を受けている。
 これまで口に出していなかっただけだ。
 ところが、ある日オンライン書店の読者レビューに「とっつきやすい大藪春彦のよう」と投稿してくれた方がいた。
 これには跳び上がって喜んだ。
 他に「スケールの小さな大藪春彦」というのもあったが、とにかく比較されただけでも嬉しいものだ。
 それがきっかけで、このたび『女豹刑事(デカ) 雪爆(スノウボムズ)』と題した作品を書き上げた。
 大藪ファンの方、どうかお許し願いたい。
 僕のヒロイン、紗倉芽衣子は本家の小島恵美子ほど万能ではないし、作品の迫力でも緻密さでも大藪作品には及びもしない。  
 及ばないことが、励みになっているのだ。
 それでもいつか「令和の大藪春彦」と呼ばれることを夢見ている。
 遥か遠くにあるものに、手を伸ばし続けることは楽しいことだ。



沢里裕二(さわさと・ゆうじ)
青山学院大学卒業。作家、音楽プロデューサー。2012年、『淫府再興』で第2回団鬼六賞優秀作受賞。『処女刑事』がヒット。近著に『全裸記者』『ダブル・カルト 警視庁音楽隊・堀川美奈』『鬼辰閻魔帳 仕置きの花道』『処女刑事 京都クライマックス』など。

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