大正という時代

文字数 1,215文字

 私も両親も昭和の生まれで、両親の両親、つまり祖父母たちはみな明治の人だった。
 私が社会に出た一九八六年は昭和六十一年。当時、多くの会社の定年は五十五歳で、一部、六十歳定年制を導入していたと記憶している。なので大正生まれの人たちとは、入れ替わりでお互いに社会人として接する機会がなかった。おそらく役員に大正生まれの人はいただろうし、学生時代、教師にもその年代の人たちはいたはずだ。
 だけど、まったく印象には残っていない。そもそも大正時代ってわずか十五年で、歴史でいう「時代」に括られるほど大層なものじゃないんじゃないか。
 同じく短い安土桃山時代はイヴェントもキャラ立ちした人物も盛りだくさんで大人気なのとは大違い、これといった事件も人物も思い浮かばない。少なくとも本能寺の変や関ケ原の合戦、信長・秀吉・家康に比肩するものはないよなあ。
 だけどというか、だからか、このひっそりとしたたたずまいの大正時代に、独特の風合いや滋味のようなものを人々は感じだしているのではないか。
 少し前までは普通にそこら辺にあったのに、失われはじめて急速に価値が高騰するってこと、世の中によくあるけど、今、大正っていう時代もその渦中にあるんじゃないのか。
その時代をまさに生きた人、空気に触れた人、おぼろげな記憶の人、そんな人たちもだんだんと少なくなり、遠からず完全に歴史のひとこまへと変わっていく。
『首イラズ』はそんな大正時代を舞台に、当時でさえ時代遅れになりつつあった名門華族の人々を巻き込む連続殺人事件のミステリーだ。
 探偵役は女性公爵という現実にはあり得ない設定が成立するのも、大正という時代の絶妙な遠近感によるものだろう。
 冒頭に記したように私は昭和の子なので、実際には体験していないが、どこか身近で懐かしい時代の雰囲気を楽しみながら書いていた。読者の方たちも同様に楽しんでいただければ、と思う。



岡田秀文(おかだ・ひでふみ)
1963年東京生まれ。明治大学卒業。'99年「見知らぬ侍」で第21回小説推理新人賞を受賞、2001年『本能寺六夜物語』で単行本デビュー。’02年『太閤暗殺』で第5回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。’15年『黒龍荘の惨劇』で第15回本格ミステリ大賞、第68回日本推理作家協会賞の候補に。歴史小説と本格ミステリの両分野で高い評価を得ている。他の著書に『応仁秘譚抄』『足利兄弟』『大坂の陣』『維新の終曲』『戦時大捜査網』『白霧学舎 探偵小説倶楽部』『治験島』など多数。探偵・月輪の登場するシリーズ作品に『伊藤博文邸の怪事件』『黒龍荘の惨劇』『海妖丸事件』『月輪先生の犯罪捜査学教室』がある。

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