足るを知れ、ということ

文字数 1,231文字

〈座して半畳、寝て一畳、天下をとっても二合半〉が座右の銘なのだが、現在では畳半分の確保も難しいのでは、とデジタルリマスター版のウルトラセブン最終回『史上最大の侵略』後編を見ていて思った。この回は、ダンがアンヌに自分はウルトラセブンだと告白するシーンで有名だが、私があれ? と思ったのは、劇中に出てきたセリフ「地球全人類30億」。ネットで調べたら最終回の放送は54年前。小学生の頃、私はたしかにこの番組をリアルタイムで見ている。たった半世紀ほどで、地球の人口は約2.7倍の80億人になっている。
 さらに5年後、中学生になった私は小松左京『日本沈没』を読む。冒頭、日本海溝に潜る深海潜水艇〝わだつみ〟の分厚いプレキシガラスの窓が呼気で結露し、やがて水滴を結んで、ツツッと流れ落ちる情景が眼前に浮かんだ。文章を読んでいるだけなのに! 海底に達して照明弾を発射し、小さな窓越しに地殻変動によって、砂地に生じた壮大なシワが現れたときには恐怖で胸がきりきり締めつけられたものだ。
 その後、短編「お茶漬の味」で小松作品にドハマリした。長年宇宙を旅してきた宇宙飛行士が地球に帰還し、さらに故国である日本に帰ってきたときに供される、ご飯にナスの漬物をのせ、熱い玉露をかけ回したお茶漬の描写が何とも美味そうだった。
『日本沈没』にも、日本語の通じる日本という国にいることがおっ母さんの胸に顔をうずめるようだ、と出てくる。戦時中、国民そろって玉砕だといわれたのを忘れず、ならば、本当に日本を消滅させたろかと書いたのが同作だとする小松さんのインタビュー記事を読んだ記憶がある。
 さて、地球が許容できるのは、せいぜい50億人という説もあるらしい。2050年には、100億人に達するともいわれる。温暖化、異常気象、パンデミック、戦争……、ひょっとして人が多すぎて息が詰まりかけているのか。ささやかな日常をリアルに描写して、それを積み重ねて壮大な、しかし説得力のある虚構を構築していく小松さんなら、今、どんな解決策を、希望を、提示しただろうとずっと妄想してきた。
 妄想が高じて、私は恐れおおくもチャレンジしてみた。渇きにも似た衝動がそこにはあった。そして1つだけわかったことがある。
 小松左京は、やっぱり偉大だ。



鳴海章(なるみ・しょう)
1958年北海道生まれ。日本大学法学部卒。PR会社を経て、'91年に『ナイト・ダンサー』で第37回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。航空サスペンスで名を馳せ、その後、意欲的に作品を発表し新境地を拓く。『冬の狙撃手』『死の谷の狙撃手』『雨の暗殺者』など「狙撃手」シリーズ、『刑事小町』『失踪』など「浅草機動捜査隊」シリーズのほか著書多数。

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