正月にはあまりにもふさわしくないやばい本

文字数 1,166文字

『真犯人の貌』の文庫化が決まり、久しぶりに読み返してみて、私は少なからずショックを受けた。あまりにも陰鬱で、

のである。この文庫本が新年早々発売されるのかと思うと、苦笑する他はなかった。
「爽(さわ)やかな癒やし」を求めて私の作品を購入してくれる読者は皆無に近いと思うが、それにしても、である。ただ、遠い昔に流行った(とあやふやに記憶している)「ワイドショー効果」という言葉を思い浮かべ、その怪しげな効果に希望を繋ぐことにした。テレビのワイドショーで悲惨な殺人事件の背景が取り上げられると視聴率が上がるのは、視聴者が体験した不幸を遥かに超える不幸が現実世界に存在することを知り、かえって安堵するからであるという。実際、この作品のリアルな陰惨さは半端ではなく、日常生活の小さな不幸に落ち込んでいる人々に対して、世の中の不幸は、上には上がある(いや、下には下があるというべきか)ことを思い知らせ、かえって立ち直りのきっかけを与えることになるかもしれないのだ。
 作家の鈴木涼美さんは「解説」の中で、私の作品の特徴が、日常の中に紛れ込んでいる異常に気づかせ、ぞっとさせることだという趣旨のことを、芥川賞候補作家らしい、切れ味鋭い文章で的確に指摘しておられる。だが、この作品のエンディングに対しては、不満を抱く読者もいるに違いない。真犯人が誰かという意味では、かなり明確に示されていると私は思っているが、その動機は得体が知れず、真犯人の周縁部に存在する人間も何だか薄気味が悪く、普通に見えていた世界が実は歪んでいることに読者は改めて戦慄を覚える。正月にはあまりにもふさわしくない作品だ。願わくは、人々がこの作品が持つ負の癒やし効果によって、人生の希望を取り戻しますように!



前川裕(まえかわ・ゆたか)
1951年東京生まれ。一橋大学法学部卒。東京大学大学院(比較文学比較文化専門課程)修了。スタンフォード大学客員教授、法政大学国際文化学部教授などを経て、現在、法政大学名誉教授。『クリーピー』が第15回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、作家としてデビュー。『2013年版このミステリーがすごい!』では「新人賞ベストテン(茶木則雄・選)」で第1位となり、’16年には映画化され話題となった。著書に『クリーピー スクリーチ』『クリーピー クリミナルズ』『アウト・ゼア』『クリーピー ラバーズ』『クリーピー・ゲイズ』『白昼の絞殺魔』『ビザール学園』『ギニー・ファウル』『号泣』『完黙の女』などがある。

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