そうかやっぱりの原点回帰

文字数 1,374文字

 文庫化に当たって解説を宇田川拓也さんにお願いした。送られてきた原稿に、「ミステリのために物語を考えるのではなく、物語のためにミステリという仕組みを使いこなすタイプ」とあって、密かにとても驚く。
 デビュー間もなくの頃、光文社の担当編集者にも「大崎さんは物語至上主義なのですね」「物語のために作者も登場人物も奉仕するんですね」と言われたことがある。それまで意識したことはなかったけれど、そうかもしれないとうなずかずにいられない。私は物語が好きで、嬉しいときも哀しいときも苦しいときも寂しいときも、物語に励まされ、慰められてきた。
 微妙に「小説」ではなくて「物語」、どういう違いかという講釈はさておき、原点を振り返ると真っ先に浮かぶのは『アルプスの少女ハイジ』だ。小学校にあがるかあがらないかの頃、読んでたちまち魂を摑まれた。今風に言うと「沼にはまった」だ。三人兄妹の末っ子として、小さな家でごちゃごちゃ暮らしていた私の中に、アルプスという言葉がすがすがしくも燦然と輝いた。干し草にも山羊にもチーズにも暖炉にもうっとり。一面の緑の丘を、思い切り駆けまわる自分を何度夢見たことか。
 さらに、小学校高学年になって世界地図なるものを眺めたときの衝撃も忘れがたい。ハイジがアルプスから引き離され、連れて行かれる先のフランクフルトが実在する都市だと知ったのだ。話そのものが架空であるとわかっていても、現実との接点は自分の住む世界に、登場人物が生きて動いているような感覚をもたらした。ささやかな発見や興奮は自分の中の物語を押し広げ、新たな扉を開いてくれた、ような気がする。
 このたび文庫化される『さよなら願いごと』も主人公は女の子だ。正確には、小学生と中学生と高校生、三人の少女たち。おお、まさしく原点。ぶれていない。
 ハイジのように伸び伸びと、笑ったり困ったり焦ったり考え込んだりしている少女たちが、あるとき思いもよらない事件に巻き込まれる。私にしては珍しく殺人事件で、犠牲となったのは小さな少女。おお、ここにも原点?(しつこい)
 いや、しつこさも沼にはまった者のサガなので。作者も登場人物も物語を追いかけて、最後の最後まで全力疾走します。願わくばそこに、新たな読み心地も加味されていますように。緑の丘で立ち上がったクララのように、未来に続くラストシーンをご堪能ください。



大崎 梢(おおさき・こずえ)
東京都生まれ。神奈川県在住。2006年、書店勤務の経験を生かした連作短編集『配達赤ずきん』でデビュー。ジュブナイルから本格ミステリー、家族小説まで、幅広く活躍中。作品に『片耳うさぎ』『ねずみ石』『かがみのもり』『忘れ物が届きます』『だいじな本のみつけ方』『よっつ屋根の下』『もしかして ひょっとして』『ドアを開けたら』『横濱エトランゼ』『めぐりんと私。』『バスクル新宿』『27000冊ガーデン』など多数。連作に「成風堂書店事件メモ」シリーズ、「出版社営業・井辻智紀の業務日誌」シリーズ、「千石社」シリーズ、「天才探偵Sen」シリーズなどがある。

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