日本の原風景

文字数 1,595文字

 日本の原風景。
 そんな言葉を耳にしたことはあれど、具体的な景色がまぶたのうらに描けるようになったのは、ここ数年のことである。
 もちろん、自然の絶景ならばいくらでも目にしてきた。例をあげたらきりがないほど、わたしが育った福島県はこれに事欠かない。しかし「日本の原風景」という言葉は、ただ自然が豊かで景色がよければあてはまるというものではないだろう。よって、この「日本の原風景」という言葉はわたしにとって、知ってはいるものの、「なんか田舎のほうの風景?」という、ぼんやりとした想像の景色を指す言葉でしかなかった。
 それがようやく言葉と具体的な景色が合致したのは、奥会津に足を運ぶようになってからのことだ。
 奥会津とは読んで字のごとく、会津の奥、奥の会津である。福島県の左下あたりに位置する七町村をあわせた地域をいい、観光地化されている会津若松とはちがい、ほとんど手つかずの大自然がのこされた豪雪地帯である。
 わたしがその奥会津へ何の目的で足を運ぶようになったのかといえば、キャンプである。
 長く我が家のベース基地としていたキャンプ場が、昨今のムーブメントによってにぎやかなパリピがごにょごにょ……となってきたので、静かな自然を求めて奥地へと向かったのである。パリピは海辺に現れる(湖畔含む)、というのがキャンパーのなかでまことしやかにささやかれる噂であるから、ひたすら山深い方向へと向かったのだ。
 結論から言えば、パリピが居る居ないにかかわらず(いやもちろん居なかったが)、魅せられた。奥会津の自然はあまりに美しく、雄大だった。
 以来、足しげく通い、滞在した。キャンプ中、わたしたち大人は魚影濃い川で釣果を上げ、季節によっては山菜を摘んで酒の肴にした。子供らも時に竿を出し、あるいは水鏡を手にカジカを追い、サンショウウオを探し、飽きれば川からあがって虫捕りやサイクリングにと一日中遊びには事欠かない。夜はバケツでぶちまけたかのような、満天の星がまたたいている。すばらしいの一言に尽きる。
 ある日の釣行中、ふと周辺を見晴るかして、わたしは息をのんだ。
 日差しにきらめく清冽な川面と、青空に切り立つ急峻な山々という大自然――それらに挟まれるようにして、小さな集落と青々とした田んぼが、わずかな平地を縫うようにつづいていた。大自然に間借りをするようにして、静かに謙虚に暮らすひとびとのささやかな営みが、そこにはあったのだ。
 はしゃぎまわる我が子らの声と小鳥のさえずりを聴きながら、ああ、と思った。これこそが日本の原風景なのだと。むかし、多くはこうした自然にうずもれるような暮らしであったはずだ。
 異論はもちろんあるだろう。しかし、わたしの心に深く染み入った風景は、この奥会津であった。

 このたび、キャラクター文芸というエンタメ性の強いジャンルにて、奥会津のひとつ、只見町を舞台とした小説を上梓させていただくこととなった。只見はユネスコエコパークとして、自然との共生をかかげている美しい町である。
 光文社さまには深く感謝をするとともに、本作が多くの方に奥会津と只見町を知っていただくきっかけとなればと願うところである。



小野はるか(おの・はるか)
「ようこそ仙界! 鳥界山白絵巻」(刊行時『ようこそ仙界! なりたて舞姫と恋神楽』に改題)で第13回角川ビーンズ小説大賞〈読者賞〉を受賞してデビュー。「後宮の検屍妃」(刊行時『後宮の検屍女官』に改題)で第6回角川文庫キャラクター小説大賞〈大賞〉〈読者賞〉をダブル受賞。同シリーズは累計25万部突破の人気シリーズとなっている。

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