おもしろいって言わせたい

文字数 1,104文字

 小説はおもしろいのです。
 物語を楽しむうえでこれほど手軽なのにどっぷり浸れる表現方法はありません。文字を眼で追うだけで非現実の世界が脳内に広がり、物語は展開されていきます。仕事に戻らなくちゃとか明日も早いからもう寝なくちゃと本を閉じたらすぐに意識は現実に戻り、さっきまでの脳内の光景はきれいさっぱりなくなります。しかし続きを読もうかなと再び本をひらいたとたん、脳裏には物語の景色が鮮やかに蘇るのです。どんな場所にいても。あなたが物語に戻るには本をひらくだけ。そしてあなたが本をひらくと登場人物たちは息を吹き返し、物語は再び動き始めるのです。
 登場人物たちはあなたの脳内で実際に生きているかのように動き回るでしょう。魅力的な人物がいたかと思えば、怪しく思わせぶりな人物もいるでしょう。あからさまに嫌なやつだっているでしょう。その行動は言葉で説明されるなり血がかよい、心理描写からは表情や仕草が連想されます。流れる時間は現実とは異なって感じられます。
 そんな小説を世に出したいというのが、私が書いている理由です。自分の本が出るたびに、おもしろいって言わせたいのです。ありとあらゆる人々から「この本、おもしろいやん」という一言をひきだしたいのです。
『ブレイン・ドレイン』の文庫版が発売されます。この作品は2016年に刊行された同名小説の文庫化となります。小説ならではのお楽しみ要素をめいっぱいつめこんでいます。隔離された人工島。活動電位によるアクション。悪意にまみれた無数の人間。一応、数は少ないけれどそうじゃない人間も。我ながらでたらめな熱量です。自分で言うのもアレですが、終盤はなかなかのえぐみです。
 ぜひ手に取ってください。そして楽しんでください。そのために色々なものを仕込んであります。みなさまがページをめくって物語をのぞきこんでいるとき、書いた私もまたあなたをのぞいているのだ、などということはありません。小説を楽しむときはあなた一人。たまにはどこまでも続く電子のつながりから距離を置いて、現実の厄介事なんかも横に置いていただいて、非現実をお楽しみいただければ幸いです。
 ただし、この話はちょっとばかり残酷で、どろどろしておりますが。



関 俊介(せき・しゅんすけ)
1976年大阪府生まれ。大阪府立芥川高等学校卒。’97年、『歪む教室』で角川学園小説大賞金賞を受賞しデビュー。2012年、『絶対服従者(ワーカー)』で第24回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。近著に『精密と凶暴』がある。


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