その後の彼らは

文字数 1,095文字

 本書の取材で北海道大学に行ったのは、もう四年ほど前のことだ。七月の札幌。気持ちのいい晴天で、少し歩くだけで汗が流れた。緑が濃くて空が青くて、控えめに言って最高だった。
 思いがけない出会いもあった。参加した構内ツアーの案内役の学生さんと、地元が一緒だったのだ。Hくんは、わたしの家からいちばん近い公立高校を卒業して、北海道大学に入学していた。まさかこんな偶然があるなんて! と、小躍りしたい気分だった。
 たくさん質問をさせてもらって、たくさんの話を聞かせてもらった。当時大学三年生だったHくんは、その後大学院に進み、現在は社会人一年生だ。
 二十代のHくんとわたしのこの四年間はぜんぜん違うんだなあと感慨深く思う。そして、『緑のなかで』に登場する大学三年生の彼らを思った。
小説のなかの登場人物の、その後の人生を考えることはたまにあるけれど、この本に出てくる彼らへの思いはひときわ強い。
みんな、あれからどうしているのだろう。啓太は橋を造る仕事につけただろうか。真帆は映画字幕の翻訳家になれただろうか。百瀬は彼女と仲良くやっているだろうか。直太朗は教師としてがんばっているだろうか。早乙女は幸せに暮らしているだろうか。寿は、今どこでなにをしているのだろうか。
 そこからさらに五年後、十年後の彼らに思いをはせる。誠実で思いやりがあって、豊かな心を持つ彼らの未来は、きっといつだって明るいに違いないし、そう願う。
 取材した四年前の空気感を、わたしは今でもすぐに思い出せる。くっきりとした輪郭の風景。初夏の木々の匂い。濃密な空気。漢字一文字であらわすとしたら、「命」。若さのエネルギーがきらきらとそこらじゅうに輝いていて、それはまさに「命」そのものだった。
 ありがとう北大。ありがとう恵迪寮。ありがとうHくん。ありがとう『緑のなかで』。大切な大切な小説です。



椰月美智子(やづき・みちこ)
1970年神奈川県生まれ。2001年『十二歳』で第42回講談社児童文学新人賞を受賞し、02年にデビュー。07年『しずかな日々』で第45回野間児童文芸賞、08年第23回坪田譲治文学賞、17年『明日の食卓』で第3回神奈川本大賞、20年『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』で第69回小学館児童出版文化賞を受賞。著書に『ダリアの笑顔』『未来の手紙』『るり姉』『その青の、その先の、』『かっこうの親 もずの子ども』『14歳の水平線』『伶也と』『こんぱるいろ、彼方』『純喫茶パオーン』『ぼくたちの答え』など多数。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み