将棋で子どもの心は強くなる

文字数 1,067文字

息子二人を育てながら、今の子どもたちは忙しい世界を生きていて大変だなと思うことがあります。学童保育に、部活に習い事、受験するなら塾にも通い、それは忙しいものです。わたしが子どもの頃は近所にアーケードのある市場があって、よくそこで油を売ったものでした。本来、子どもにはぼんやりできるような無駄な時間こそ必要なんだろうと思いつつ、そうせざるを得ないのが今の世の現実。この(せわ)しない世界から弾き飛ばされて呆然としてしまう子も少なからずいるだろうと思うのです。そういう子がいたら、市場の履き物屋のおばさんや駄菓子屋のおじさんが、近所の子どもだったわたしを受け入れてくれたように、「こっちにおいで」と言ってくれる大人がいる世界がいいな、というのが『竜になれ、馬になれ』に込めた一つのテーマです。
じつはわたし自身も数年前に薬の副作用で、一年ほどウィッグ生活を余儀なくされたことがありました。様々な不便や精神的な負担を感じる中で、小学生時代にウィッグをかぶっていた同級生のことを思い出したのです。大人のわたしでも大変だと感じるのに、多感な少女であればなおのこときつかったことでしょう。何十年もの時を経て、その旧友に手を差し伸べたいような、寄り添いたいような気持ちで小児脱毛症に悩む主人公、ハルを描きました。
また、将棋という題材を選んだのは、執筆当時、小学校の将棋部に息子が所属しており、わたしも世話役として部員たちと関わる機会があったからです。将棋は勝敗がはっきりしています。負けた者は「参りました」と頭を下げなくてはならない。最初は悔しくて泣いてしまう子も、対局を重ねるうちに心が強くなっていく。悩んだり迷ったりしているハルにもきっと有効だろうと思ったのです。
将棋のルールがわからなくても、子どもでも大人でも楽しめるように書きました。もちろん、これをきっかけに将棋に興味を持ってもらえたらこんなに嬉しいことはありません。



尾崎英子(おざき・えいこ)
1978年、大阪府生まれ。早稲田大学教育学部国文学科卒。2013年『小さいおじさん』(文庫刊行時に『私たちの願いは、いつも。』に改題)で第15回ボイルドエッグズ新人賞を受賞しデビュー。著書に『有村家のその日まで』『たこせんと蜻蛉玉』『ホテルメドゥーサ』『きみの鐘が鳴る』などがある。

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