大リーグボール2号が本格ミステリとの初めての出会いだった⁈

文字数 1,187文字

 大リーグボール2号とは名作野球漫画「巨人の星」の主人公、(ほし)飛雄馬(ひゅうま)が投じる消える魔球のことである。最初の魔球1号を打破された飛雄馬は、短期間のうちに2号を編み出し復活を遂げ、花形(はながた)()(もん)、オズマといったライバルたちを三振に切って落とす。しかしそれも束の間、ライバルたちは消える魔球に隠された秘密を徐々に解明し、1号と同じように打ち崩していく。
 消える魔球の秘密を解いたと豪語するバッターボックスの花形に恐々とする飛雄馬。しかし語られたその秘密は完全には解明されておらず「まだ80%だ。残り20%が解けなければ攻略されたとは言えない」とマウンド上で対峙する飛雄馬――そんなシーンが記憶に残っています。1号に比べなぜ短期間で2号が完成できたのか。強風や雨上がりのグランドではなぜ魔球を投げないのか。これらが謎を解き明かす伏線になっているのです。
 魔送球という父一徹(いってつ)が編み出した鋭くカーブする送球を、飛雄馬はタテの変化に転用し、ベースの手前で地上すれすれまで沈ませ、その後急激に浮き上がらせキャッチャーミットにおさめる。その過程で高速回転しているボールは土埃を巻き上げ、その姿を消す。それが、花形が出した80%の結論。そして飛雄馬はなぜ足を高く上げるのか、これが最後の20%を解明する手掛かりになっているのです。(多分に記憶違いがあるかもしれませんが……)
 ――どうです? まさに本格ミステリそのものではないでしょうか。
 実は消える魔球漫画はそれ以前にも存在しました。しかし「巨人の星」が野球漫画の金字塔とされているのは、魅力的な謎(消える魔球)に論理的(強引ですが)な解釈が丁寧に成されているからだと思います。私にとっての本格ミステリの原点はこれだと思っています。
 そもそもいったん沈んだボールが浮き上がるなんてありえない、マグナス効果を用いても説明できやしない、なんてことは承知です。昨今流行りの特殊設定でのミステリがアリとするのなら、狭義の特殊状況だって受け入れてもいいのでは? と自分勝手に願うこの頃です。
 当時少年だった私はまだクリスティーやカー、正史にも出会っておらず、推理小説との最初の出会いである「モルグ街の殺人」を読む前のことです。



門前典之(もんぜん・のりゆき)
2001年に「建築屍材」で第11回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。著作に『卵の中の刺殺体――世界最小の密室』『エンデンジャード・トリック』『首なし男と踊る生首』『灰王家の怪人』『屍の命題』『浮遊封館』などがある。



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