覚悟をもって

文字数 1,111文字

 わたしは作家になる前、東日本大震災の復興を目的とした興行にいくつか携わった経験がある。ゆえに現地の惨たらしい被災痕をこの目で見たし、被災者の貴重な話を直に聞くことができた。それらをこうして小説の中で活かしてしまうのだから――もちろんそのときはそんな狙いなどなかったが――作家とは罪深い職業だと思う。
 さて新年早々、石川県の能登半島で大きな地震が起きた。報道に触れ、誰もが東日本大震災を想起したことだろう。現在(1月17日)、県より、道路などのインフラが整っていない状況から、個人でのボランティア活動は控えるよう呼びかけがあるようだが、それでも現地入りする人が後を絶たず、このことでネットを中心に侃々諤々の論争が起きている。
「来るなと言われているのだから行くな」シンプルにこれだけだと思うのだが、「いやしかし」といった反論の声も大きいようだ。
 一方、火事場泥棒に関しては議論の余地はない。残念なことに、今回もまた、東日本大震災のときと同様に、全国各地で復興を謳った詐欺行為が多発しているらしい。これによって、被災地や被災者の手に渡るはずの金が外道に掠め取られているのだとしたら、この上なく腹立たしい。
 本作『海神(わだつみ)』は東日本大震災で実際に起きた復興支援金の横領事件がモチーフになっている。この題材で物語を創作すると決めたとき、わたしは後ろめたさを覚えた。これを出版することでどこかに傷つく人がいるのではないか。当時のつらい記憶を蘇らせてしまうのではないか。はたして、わたしが見たもの、耳にしたものを虚構にまぶしてよいのだろうか。そう思ったら、日々原稿に向かうのがしんどかった。
 それでもわたしは書いた。この物語を完結させることが自分に与えられた使命だと、そう言い聞かせてひたすら書いた。
 正解だったと思いたいし、そう信じている。一方、それを決めるのはわたしではないような気もしている。不正解だと言われたら、それも甘んじて受け入れなくてはいけない気もしている。
 批判も苦情も構わない。一度、手に取ってみてほしい。



染井為人(そめい・ためひと)
1983年千葉県生まれ。芸能プロダクションにて、マネージャーや舞台などのプロデューサーを務める。2017年『悪い夏』で横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞しデビュー。他の著書に『正義の申し子』『震える天秤』『正体』『鎮魂』『滅茶苦茶』『黒い糸』がある。

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