「なんだ、女医かよ」と言われて

文字数 1,139文字

 本作の推敲は、「女医」という言葉を削るところから始まりました。
 最初の仮タイトルは『四人の女医』で、私自身の不明を恥じますが、差別的な言葉とは認識せずに使っていたのです。
 慣れとは恐ろしいもので、医師である私ですらそんな状況でした。しかし、この言葉の陰に、〈医師といえば男であり、女は異端者だ〉という表現が潜んでいるのは否定できません。
 数年前に、医学部の入学試験での不正が暴かれたのは記憶に新しいと思います。女子が合格し過ぎないように得点操作されていたという、信じられない事実が判明しました。
 同じころ、「女性医師は出産育児で患者さんに迷惑をかけるから、結婚をあきらめるか、産休・育休を取りやすい診療科に進むべきだ」と言い出す人がいて、それもまた驚きました。子供を産み育てる負担や責任を女性のみに押し付けて当然という考えでしょうか。
 そういえば私が研修医をしていたときのこと。女性の先輩医師が、「産休を取って医局に残れた人はいない」と、暗い顔でつぶやいていたのが今でも心に残っています。彼女は「子供が欲しいから大学での研究をあきらめる」と医局を離れていきました。論文を何本も書き、患者さんに慕われる優秀な医師だったのに。
 女性であることが医師としての「ペナルティー」になるのは悲しい現実です。それ以上に、貴重な人材を潰すのは患者さんのためにも残念でなりません。
 この本のタイトルに据えたイギリス人女性のエリザベス・ブラックウェルが医学校に入ったのは、女性の医師などありえなかった時代です。彼女は医学生となっても女性であるとの理由から見下され、研修先でもいじめられ、大変な思いで医師になりました。
 今、ブラックウェルの時代から150年以上が経ち、医学部や女性医師の状況はどこまで変化したでしょうか。
 女性であることがペナルティーにならない世の中になってほしい。そうした思いから、この小説を書きました。もしもあなたが誰かにチャンスを与える立場にあるのなら、ぜひ門戸を広く開ける人であってほしいと願ってやみません。



南杏子(みなみ・きょうこ)
1961年徳島県生まれ。日本女子大学卒。出版社勤務を経て、東海大学医学部に学士編入し、卒業後、慶應義塾大学病院老年内科や高齢者専門病院で勤務する。2016年『サイレント・ブレス』でデビュー。他の著書に『ディア・ペイシェント 絆のカルテ』『いのちの停車場』『ヴァイタル・サイン』『希望のステージ』『アルツ村』などがある。

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