24時間心電図の痒み地獄

文字数 1,098文字

 2020年10月、24時間ホルター心電図なるものをつけた。前月に受けた人間ドックにて、異常を指摘されたからである。
 異常といっても全然大したことはない。頻脈、左房・右房拡大とあっただけだ。循環器で引っかかるのは毎年のことなので、ずっと無視して来たのだが、考えてみれば私もいつ何が起こってもおかしくない年齢である。時々脈が飛ぶ自覚はある。心筋梗塞で死んだ祖父をはじめ、母方の親戚には心臓手術をした人間が複数いる。手術中に亡くなった者もいる。心疾患系の血を引いていることは間違いなく、一度ちゃんと診てもらおうとなったのだ。
 問診、血圧、心電図、心エコーといった、初心者パック的な検査をすませ、最後に24時間ホルター心電図を装着した。胸やら腹部やら鎖骨の下やらに丸い電極を取り付けられる。計器にはボタンがあった。不整脈や痛みといった何らかの異常を自覚したら、今異常ですとばかりにボタンを押すのだ。食事や運動など行動を細かく記録するレポート用紙も渡された。
 とはいえ、こちらは測られるだけである。ごく普通に生活するだけだと、正直たかを括っていた。
 装着後まもなく、電極を貼り付けられた部分が痒くなってきた。普段つけないものを皮膚に貼っているのだから当たり前だと言い聞かせても、痒いものは痒い。痒いのに掻けない。機械を体につけている違和感からではなく、痒くて眠れない。二日目はもう痒みのことしか考えられなかった。痒すぎて寒気までしてきた。発狂しそうになった。ある種の拷問を受けているようだった。痒みと寒気に堪えてようやく取り外してもらった時、装着部の皮膚は水脹れになっていた。
 後日、治療を要する異常は見られなかったと、私の心音(しんおん)にはとりあえずのお墨付きをもらえた。しかし、とにかく痒かったな。どうやら痒みは心拍には影響ないらしい。
 心臓移植手術を受けた女性の物語『心音』を文庫化していただいた。お手にとっていただけたら嬉しいです。



乾ルカ(いぬい・るか)
1970年北海道札幌市生まれ。2006年に短編「夏光」で第86回オール讀物新人賞を受賞してデビュー。2010年『あの日にかえりたい』で第143回直木賞候補、『メグル』で第13回大藪春彦賞候補となる。著書に『奇縁七景』『コイコワレ』『花が咲くとき』『明日の僕に風が吹く』『わたしの忘れ物』『おまえなんかに会いたくない』など。

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