生きづらい、のその先へ

文字数 1,412文字

 文庫『令和じゃ妖怪は生きづらい 現代ようかいストーリーズ』は、単行本の『おとぎカンパニー 妖怪編』を改題しての一冊だ。テーマは「妖怪」。その妖怪の二次創作を、ショートショートで行った。
 収録作は12編。たとえば、子泣きじじいがとり憑いて、自らの身体を石のように重くする力で電子データを重くするという話。スーツを着たぬりかべがやってきて、ぬりかべ派遣サービスの勧誘をしてくるという話。砂かけばばあが砂を使ってSNSの炎上を消火してくれるという話──。昔ながらの妖怪が現代でどういうふうに過ごしているかを描くことに挑戦した。
 改題後の新たなタイトルは巻末対談をお願いした愛媛つながりのお笑い芸人・ティモンディの前田さんと高岸さんが付けてくださったのだけれど、お二人はこのタイトルに「生きづらい」の先への想いもこめてくださったように思っている。この令和の時代に、きっと生きづらくなっている妖怪も少なくない。でも、それを踏まえて彼らはどうしているだろうか、と。諦念に至って消えるのを待つばかりなのか。あるいは、そうではないのか。
ところで、生きづらい、という話でいえば、ぼくたち人間はどうだろう。
 不確実性の高い時代だと言われて久しいけれど、昨今は閉塞感を感じる場面も少なくない。今こそ我々人間も、したたかに生きる力が求められているのではないか。
 本書が楽しかった、で終わっても心底うれしい。その上で、妖怪も生きづらい中で奮闘しているのであれば、では自分たちはどうするか、自分自身はどうするか……そんな感じで思索が広がるきっかけになれたら本望だ。
 しんどいことがあったなら、ときにはすべて妖怪のせいにしても、いいと思う。
「失敗したのはあの妖怪が悪さをしたからに違いない」「あの妖怪さえいなければ」「おい妖怪、マジで勘弁してくれよ」
 そうして妖怪にワンクッションを担ってもらっておいてから、次の一歩を踏みだせばいい。その先に、きっと生きやすい世界が広がっている。



田丸雅智(たまる・まさとも)
1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科修了。2011年、『物語のルミナリエ』に「桜」が掲載され作家デビュー。’12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、現代ショートショートの旗手として幅広く活動している。書き方講座の内容は、’20年度から小学4年生の国語教科書(教育出版)に採用。’21年度からは中学1年生の国語教科書(教育出版)に小説作品が掲載。’17年には400字作品の投稿サイト「ショートショートガーデン」を立ち上げ、さらなる普及に努めている。著書に『海色の壜』「おとぎカンパニー」シリーズなど多数。近著は『憂鬱探偵』。メディア出演に「情熱大陸」「SWITCHインタビュー 達人達」など多数。
田丸雅智 公式サイト:https://masatomotamaru.com/

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み