贖罪と祈り

文字数 1,060文字

 本作は今年1月に文庫化された『ボダ子』の前日譚です。経営していた会社が破綻し、東日本大震災の被災地で復興バブルを当て込み、悪戦苦闘した私が被災地に赴く以前に神戸、そして奈良で過ごした日々を綴ったものです。
 35歳で起業した私は、会社が破綻するまで順風満帆の日々を送りました。しかしそれは同時に、娘を置き去りにする日々でもありました。そんな日々の中で娘は精神を病み、それに気付かなかった私はいきなり信じられないような現実を突きつけられたのですが、虚脱した娘に語り掛けた「逃げよう」という一言で娘の目に光が宿ったことに力を得て、娘との逃避行が始まりました。
 会社も仕事も他人任せにし、ただひたすらに娘と生活することだけに没頭しました。
たくさんの方にご迷惑をおかけ致しましたが、この時期の私には娘しか見えておりませんでした。
 前述の『ボダ子』は、娘ではなく父親である自分視点で描いた小説でした。そのあまりの身勝手さに対し私は「共感されたいとは思いません」などと題した居直りとも思えるエッセイを(したた)めたほどです。
 しかし今回は違います。
文庫化にあたり、私は多くの読者諸氏に理解されたいと願うものです。
 娘視点で書いておりますので、都合の良いように歪めているのではないかとお感じになる方もいらっしゃるかも知れませんが、あの時点において、娘がそう考え、感じていたことを私は断言できます。それほどに、逃避行における2人の暮らしは濃密であったとご理解ください。
 現在娘は、良き伴侶に恵まれ幸せに暮らしているそうです。伝聞でしか書けないのは、未だ娘と直接接触していないからです。娘の母親とは昨年連絡が取れ、毎日のように遣り取りし、それを通じて娘の近況を知るしかない私です。
 重度の精神疾患故に、障害年金を受給している娘に、私の存在を知らせない方が良いというのは、娘の母親と相談して決めたことです。
贖罪と祈りを込めた「女童」でございます。



赤松利市(あかまつ・りいち)
1956年香川県生まれ。2018年「藻屑蟹」で第1回大藪春彦新人賞を受賞しデビュー。’20年『犬』で第22回大藪春彦賞を受賞。他の著書に『鯖』『白蟻女』『風致の島』『隅田川心中』『らんちう』『饗宴』『ボダ子』『エレジー』『東京棄民』など。

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