担当編集者と三人四脚で作り上げた短編集

文字数 1,380文字

 小説を書くというのは恐ろしく孤独な作業です。ですが、その行程のすべてを一人でやり遂げなくてもいいと教えられたのが、この『透明人間は密室に潜む』の執筆時でした。
 本書には、デビュー年の2017年から2019年までに発表した短編を四本集めています。最初の短編「透明人間は密室に潜む」は、自分でアイデアノートに書いていたものを膨らませた作品になりますが、あとの三作は編集さんとの打ち合わせをして手探りで作り上げたものです。初代担当編集の鈴木一人氏と、ジャーロ編集部の堀内健史氏と、酒を飲みながらネタを膨らませていきました。
 大抵、発想のタネ自体は、私が持ち込んでいます。そこに、無茶ぶりを加えて、タネに息を吹き込むのがお二人は上手いのです。酒席での四方山話が、意外な角度から繫がることも。
 或る夜は「裁判員裁判で『12人の浮かれる男』をやりたい」と言っていた話と、アイドル話が繫がり、「裁判員全員がたまたま同じ趣味を持つオタクだったら面白くない?」という取っ掛かりが生まれ(短編「六人の熱狂する日本人」)。
 或る夜は「鼻が良い探偵、神の舌を持つ探偵……〈五感〉探偵は色々いますよね。耳が良いのってあんまり聞いたことなくないですか?」と私が言ったら大いに頷かれ(短編「盗聴された殺人」)。
 或る夜は「ジャック・フットレルの『十三号独房の問題』ってすごいシチュエーションですけど、あれを現代でもう一回やりたい!」という私の発言と、その後したリアル脱出ゲームの話題が繫がって(短編「第13号船室からの脱出」)。
 こうして生まれたタネに、「あんた、そりゃ無茶だろ!」というオーダーを、二人の編集者は被せてくるのです。でも、そのオーダーが、「あっ、それやったら面白くなるな」と一発で納得できるほど、困難で、ハードルの高いものなのです。そのおかげで三編とも頑張れました。ちなみに、全部編集さんと一緒に考えているわけではもちろんなく、個々の作品のトリックや構成を作り込むのは私なので、編集さんは出来上がった原稿を見て、「ここまでやれとは言ってないよ!」と呆れ混じりのツッコミを入れられることもしばしばです。そうなれば、私も会心の笑みを浮かべて応えます。
 ちなみに、私は柄刀一さんの『ゴーレムの(おり)』ノベルス版の帯で「神に見捨てられた牢獄で、こんなにも君は美しい。」という帯文を見て、激しいショックを受けて本格ミステリーに一段と深くハマりましたが、この帯文を書いたのは件の鈴木一人氏で、「中高生の人生をこの帯で歪ませたい」という想いが込められていたそうです。
 私は今、私の人生を歪ませた男と、仕事をしています。



阿津川辰海(あつがわ・たつみ)
1994年、東京都生まれ。東京大学卒。2017年『名探偵は嘘をつかない』が光文社の新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」の受賞作に選ばれ、デビュー。作品に『星詠師の記憶』『紅蓮館の殺人』『蒼海館の殺人』『入れ子細工の夜』『録音された誘拐』『阿津川辰海 読書日記 かくしてミステリー作家は語る〈新鋭奮闘編〉』がある。

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