雛口依子は最低な落下をしたのか?

文字数 1,122文字

 この作品を書き始めた当時、わたしはひどく停滞し、焦燥感に囚われていた。プライベートは停滞が当たり前なので物書きとしての悩みと思ってもらっていい。
 わりと生真面目な作風で、好きでそう書いてきたが、ふいに強烈な窮屈を覚えたのだ。フィクションである以上、「防犯カメラに犯人が映ってました、Fin!」とはならない。そんなものを読者も求めていないだろう。反面、「防犯カメラには映っていませんでした」の一文で済ませられるわけでもない。なぜ映っていなかったのか、理由や状況をこしらえ提示しなくちゃいけないのだが、でもそれって本質的な小説の面白さとズレてるんじゃない? 現実的なハードルをクリアするのは重要だし読み応えにもなる。でも実力がないとやっぱり説明臭くなる。あー嫌だ嫌だ、なんてつまらないんだ――そんな苛立ちを持て余し、わけもわからず「ちくしょう」と呪詛を吐き、そして肚をくくった。
 もういい。ぜんぶ、ぶっ壊してやる。
 リアリティなんてくそくらえ! 欲望に従って、わたしはなんの相談もせぬまま書き上げた作品の四分の一を無理やり担当さんに送りつけた。ボツ上等の覚悟だったが、「よくわからないけど最後まで書いてみれば?」と望外のお返事をいただき、あとは突っ走るごとくハチャメチャで極悪な世界にがっぷり四つで取り組んだ。
 ひとつ決めていたことがある。どうあれハッピーエンドにしよう。「世界は残酷なんだぜ」で終わらないようにしよう。しかし内容が残酷になりすぎて、ここからハッピーは無理だろ! と自業自得の叫びを発し、まったく思いつかないラストにのたうち回った。
 三年ほど経った今、『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』はわたしにとって特別な作品になっている。他社の編集さんから四十五分も叱られる小説なんて後にも先にもこれだけだと信じたい。
 ほんとに気に入っている作品だ。ぜひ、のたうち回った末の結末を見届けてほしい。



呉 勝浩(ご・かつひろ)
1981年青森県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。2015年『道徳の時間』で第61回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。’18年『白い衝動』で第20回大藪春彦賞を受賞。’20年『スワン』で第41回吉川英治文学新人賞、第73回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞し、第162回直木賞候補に。’21年、最新作の『おれたちの歌をうたえ』で第165回直木賞候補に。話題作を発表し続けている。他の著書に『ロスト』『蜃気楼の犬』『ライオン・ブルー』『マトリョーシカ・ブラッド』『バッドビート』など。


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