美しきパラダイスのロスト

文字数 1,144文字

 ポーラ・ゴズリングに〈ブラックウォーター・ベイ・ミステリ〉という、都会派バイオレンスとコージーミステリのブレンドが絶妙なシリーズがある。アメリカ五大湖に面した町を舞台にしたミステリで、第三作『凍った柩』(山本俊子訳)が出色だ。
 冒頭の、ヒロインが凍ったブラックウォーター湾を見下ろし「青白い氷の上に散らばるカラフルな小屋を印象派的に表現」するべくキルトを製作中、というエピソードが印象に残っている。これだけで、人間関係に辟易しているヒロインの、芸術家肌でやや鈍感(死体の発見者がアタフタするのを見ているが異常に気づかない)、細部にこだわる性格がわかる。牧歌的なようで危うい世界もリアルに伝わってくる。繰り返し読んだ。
 おかげでコージーミステリの新作を書こうと決めたとき、まっさきに浮かんできたモチーフはキルト(パッチワーク)だった。色や柄、形の様々な小布を縫い合わせて模様を作り出す手芸は、ミステリと重なる。ささやかな事象やセリフ、各キャラクターの心理と行動といったピースが、探偵や刑事の捜査で接ぎ合わされていき、やがて思いも寄らない模様の作品ができあがっていく……。
 そんなわけで美しいキルトをめざし、コロナ禍に『パラダイス・ガーデンの喪失』を書き始め、じきに後悔した。ピースが細かく、数も多いほどできあがりは美しい。それにこだわったら考えるべき意味や裏側がたいそう増えた。接ぎ合わせる作業は楽しかったが、どのピースにどんな意味をもたせたか忘れ、どのピースとどのピースを接ぎ合わせるかわからなくなり、必要なピースを捨ててしまって蒼ざめることしきり。ああ、ややこしい、めんどくさいっ。
 そういえば縫い物は苦手だった。まっすぐ運針できたためしはなく、縫い目はバラバラで歪んでいた。それでも文庫になった今あらためて眺めるこのキルト、なかなか個性的で面白い仕上がりになっている気がする。夢見ていたほど美しくはないが。



若竹七海(わかたけ・ななみ)
東京生まれ。立教大学文学部史学科卒。1991年、連作短編集『ぼくのミステリな日常』でデビュー。以降、青春ミステリから歴史ミステリ、ホラーまで幅広いジャンルで、多彩な作品を発表。2013年、「暗い越流」で第66回日本推理作家協会賞<短編部門>を受賞。著書に『ポリス猫DCの事件簿』『錆びた滑車』『プラスマイナスゼロ』『不穏な眠り』『みんなのふこう 葉崎は今夜も眠れない』『殺人鬼がもう一人』、絵本『親切なおばけ』(杉田比呂美・絵)など。

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