世の中には、庶民の想像を超える世界が存在する

文字数 1,428文字

 これまで超富裕層、権力者の世界を題材にした作品を何作か(じょう)()してきた。
 読者の感想は百人百様なのだが、中には作中の人物が両親を「お父様・お母様」と呼ぶことに、「今どき」とか「違和感を覚える」方もいたようだ。
 何年か前に滞在先の関西で、芸人が東京を散策するテレビ番組をやっていて、たまたま私が住む街が出てきた。芸人がコメントを述べながらとあるスーパーの前に差しかかった時、突然店の出入り口から「お母様!」と叫ぶ幼児の声をマイクが拾った。
 芸人の驚くまいことか。ぎくりとして声の方を振り向くと、「お母様って……ホンマにいるんや」と漏らしたのだった。
 確かに「今どき」ではあるのだが、限られてはいるものの、両親を「お父様・お母様」と呼ぶどころか、挨拶も「おはよう・さようなら」に代わって「ごきげんよう」を日常的に使う地域・階層が存在するのは事実である。
 今世間を騒がせている大谷翔平選手を巡る、違法賭博問題にも同じことが言えるだろう。「七億円近い大金を不正に送金されていて気がつかないわけがない」とか、「セキュリティーをどうやって……」と、大谷選手に疑惑の目を向ける人たちも少なからずいるようだが、私は全くそう思わない。
 と言うのも、ある程度銀行残高に余裕があると、月々の収入と支出のバランスは感覚的に()(あく)できるようになるからだ。独身ならばなおさらで、支出が収入金額を大きく上回らない限り、残高は増える一方。口座のチェックが(おろそ)かになっても不思議ではない。
 大谷選手の場合、副収入だけで年間百億円近くになるとも聞く。衣類にしてもスポンサーから提供されているであろうし、日常生活も契約で手厚いサポートを受けられるようになっているはずだ。しかも、質素・倹約を常としているのだから出費などしれたもの。大事になるまで全く気がつかなかったとしても、違和感は全く覚えない。
 とは言え、一般庶民の感覚からはなかなか理解できない話には違いあるまいが、国内にも超富裕層は確かに存在する。それも表に出ているのはごく(わず)か。大半は目立つことなく、想像を(はる)かに超える優雅な暮らしを当然のごとくに送っているのだ。
 海外のリゾートとの往復はもちろん、東京・大阪間の移動もプライベートジェット。専属料理人を抱え、ゲストハウスを持ちと、まさに(はん)(りゆう)ドラマ、いやそれ以上の日常と言ってもいいかもしれない。
 本作は、そうした日本の超富裕層の暮らしを舞台に、普段決して見ることがない世界をテーマに書いた小説である。ご一読いただければ幸いです。



楡 周平(にれ・しゅうへい)
1957年生まれ。米国企業に勤務中の’96年、大ベストセラー『Cの福音』(宝島社、のちに角川文庫)で衝撃のデビューを飾り、翌年から専業作家となる。綿密な取材に基づく圧倒的なスケールかつ時代を先取りしたテーマで作品を描き、読者を魅了し続けている。近著に『ショート・セール』(光文社)、『黄金の(とき) 小説 服部金太郎』(集英社文庫)、『ラストエンペラー』(KADOKAWA)、『限界国家』(祥伝社文庫)などがある。

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