あれこれ痛いオトナたち

文字数 1,246文字

 体が痛い、頭が痛い、心が痛い、見ているだけで痛いなど、痛みの種類にも色々あると思います。そんな「痛み」の管理で難しいところは、その感じ方が人それぞれだということ。たとえば体の同じ場所に、同じ力で、同じ針を使って、同じ注射をされても、痛みの感じ方は人それぞれ。同じように腰の痛みも心の痛みも、人それぞれ。これには最近よく見聞きするようになった「共感性(きょうかんせい)羞恥(しゅうち)」という言葉も当てはまるかもしれません。いずれにせよ他人の感覚を言語以外で共有できないのですから、誰かの痛みに対して「大袈裟だ」と断言してしまうのは、あまりにも主観が入りすぎていないでしょうか。

 それとは別に問題なのは、当の本人が「これぐらい大したことはない」と、心や体が出してくれている〈徴候(サイン)=痛み〉を軽んじてしまうことかもしれません。これは個人が育った環境や世代によっても左右されるため、中には「我慢は美徳」とばかりに様々な痛みを耐え忍ぶ人もいます。頭が痛くても「通勤できる」と、心が痛くても「もっと強くならなければ」と前を向き続け、痛みが出ている理由に目を向けない。誰かの顔色は気にするのに、自分の痛みは気にしないようにする——これを積み重ねて何十年も生活していれば、いずれは心や体が悲鳴を上げてしまうのも無理のないことだと思います。

 そこで本シリーズの第五弾には、様々な「痛み」をテーマに選んでみました。思ったより放っておかれることの多い体の痛み、仕事にまつわる心の痛み、さらには見ていて「痛い人」から、本当に痛い危険な疾患など、各話にはなるべく読者の方々が身近に感じられるようなものをピックアップ。そんな社内の患者さんたちに接しながら、痛みに対する考え方やその対処方法を理解していく主人公の奏己ですが、今作では自身も「痛み」を感じることになってしまいます。果たして奏己は、その痛みにどう対処するのか。その時、クリニック課のメンバーは——そういった物語としても、楽しんでいただければ幸いです。

 いつの時代にも年齢性別を問わず、誰もが避けて通れない痛みがあると思います。既刊の四作に引き続き本作も手に取っていただいた、本シリーズを気に入ってくださっている方たちにとって、奏己たちクリニック課の物語が「痛み」について理解を深めるための、ささやかなきっかけになればと願っています。



藤山素心(ふじやま・もとみ)
広島県出身。東京都在住。医師。2017年にホビージャパン主催のHJ文庫大賞(現:HJ小説大賞)で金賞を受賞。以後は「江戸川西口あやかしクリニック」シリーズ(光文社キャラクター文庫)、「おいしい診療所の魔法の処方箋」シリーズ(双葉文庫)、「はい、総務部クリニック課です。」シリーズ(光文社文庫)、『呪ワレ者』(マイクロマガジン社)など、一般小説から児童書まで幅広く執筆している。

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