見てきたような嘘

文字数 1,142文字

 娯楽小説家は嘘っぱちを書くのが商売だ。私などはその最たる者である。 
 とはいえ嘘をつき続けるのは、結構大変で、根っからの詐欺師のような才能がないと難しい。
 私などはまだまだで、このジャンルには騙しの天才といえるスター作家が群れをなしている。この人たちが作家にならずに悪事に手を染めていたと思うとぞっとする。
 詐欺の肝はリアリティだ。
 スパイ小説のレジェンド、イアン・フレミングは自著『スリラー小説作法』で「空想的過ぎる筋立てを地面に釘付けするには、いかに背景を本当らしくするかだ」と述べている。
 大法螺吹きの始祖のようなイアンが、だ。
 私も取材や資料漁りで嘘の周囲を真実で固めることに日々努めている。
 ただ私の場合、出発点が官能小説であったせいか、ときに妄想だけで書いてしまう癖がある。
 たとえば原爆の入ったリュックを背負って走り回る刑事の登場。
 あるいは、かつて過激派に占拠された大学は多く存在したが、私は元過激派に大学を創立させて要塞化してしまった。
 妄想先行なので現実感は希薄だ。
 そこで新作『女豹刑事(デカ) マニラ・コネクション』こそはと、見てきたような嘘をついてみた。
 嘘だとわかって読んでも「あり得るんじゃないか」と思っていただけるように、実際あった事件、存在するイベントを克明に描いたつもりである。
 これで読者の時間を心地よく騙し取れないか? 
 それともこの本は、読後ただちに床に叩きつけられる運命にあるのか。
 ラストシーンで私は一か八かの勝負に出ている。
 発売日は二〇二四年五月十四日。
 ぜひ七月二十六日のパリ五輪開会式前に読んでいただきたい。
 そこで起こるテロを書いている。まるで見てきたように書いている。
「沢里裕二はただの大法螺吹きだった」
 そう言ってもらえたら本望だ。
 加えて言っておくが本書は官能でもコメディでもない。私が初めて挑戦する国際謀略小説である。
 ハードボイルドとユーモアは親和性があると信じて書いた。
 これだけは嘘ではない。



沢里裕二(さわさと・ゆうじ)
青山学院大学卒業。作家、音楽プロデューサー。2012年、『淫府再興』で第2回団鬼六賞優秀作受賞。『処女(しょじょ)刑事(デカ)』がヒット。近著に『全裸記者』『鬼辰閻魔帳 仕置きの花道』『処女刑事 京都クライマックス』『女豹刑事(デカ) 雪爆(スノウボムズ)』『極道(クロ)刑事(デカ) 消えた情婦』『情事の報酬 残りの春』など。

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